これでスッキリ!民事事件と刑事事件の違い

 

過去にこのブログで以下の記事を執筆したところ、思ったより反響が大きく、特に「刑事と民事の違いがよく分かった」という声をいただきました。

過去記事→「痴漢の犯人に示談金を払わせるのに弁護士が必要な理由」

簡単に説明すると、刑事事件は国からの処罰、民事事件は被害者への損害賠償という2種類の裁きが用意されているということなのですが、今回はこの刑事と民事の違いについて、掘り下げて考えてみたいと思います。

刑罰と損害賠償を分けて考える

例えば、交通事故や空き巣、あるいは道端で言いがかりをつけられて殴られたという場面を考えてみましょう。

悪質な交通事故、空き巣、殴ってきた人・・・これらをやってしまった犯人を「罰してほしい」、つまり裁判にかけて刑務所に入れたり罰金を科してほしいと思うのは当然だと思います。

ですが、犯人を罰しただけでは、交通事故で壊れた車の修理代、空き巣で盗まれた金品、殴られた際のケガの治療費は戻ってきません。

ですので、犯人を罰するだけでなく、受けた損害を賠償してほしいと思うのが被害者の心理となります。

このように、「刑罰」と「損害賠償」を分けて考えるために刑事裁判と民事裁判が生まれました。

法律の手続きに馴染みがない一般の方は、「刑罰」も「損害賠償」もとにかく法律や裁判所がなんとかしてくれるものだと思っているため、仕方のないことだと思います。

ですが、「刑罰」と「損害賠償」の二つは同じ法律問題といっても、別々のものとして取り扱われているのです。

今回は、「刑罰」と「損害賠償」の違いと、不幸にして事件に巻き込まれてしまったとき、この二つとどのように関わっていけばよいのかについてお話ししたいと思います。

「見せしめ」としての刑罰

まず一つ目の刑罰について考えてみましょう。

刑罰は、国が用意した見せしめです。

歴史を遡ると、さらし首などの例もありますが、その見せしめを通じて、国は国民にやっていいこととやってはいけないこととの区別をつけさせ、国の秩序を守り、国民が平和に生活できるよう支えます。

つまり、見せしめとして刑罰を設けることで、犯罪を予防するのが狙いです。

そして、歴史を重ねるにつれ、単なる見せしめから、犯人を矯正して社会復帰の手助けをするという側面も出てきています。

とはいえ刑罰の出発点は見せしめであると考えてよいと思います。

刑罰は、犯罪に対して与えられますが、犯罪が実際に行われたかどうかについて、誰がやったか、何が行われたかを裁判の場ではっきりさせなければなりません。

そのため、犯罪が起こった場合、警察などが捜査に乗り出し、被疑者を特定し、証拠を集めるのです。

見せしめを行うかどうかを決める刑事裁判

しかし、刑罰によって、被害者の失われた利益が戻ってくることはありません。

刑罰は国からの見せしめにすぎない以上、犯罪の被害を回復させることそれ自体を目的としてはいないからです。

被害者として期待できるのは、法廷で証拠が出され、「腹立たしいアイツが処罰されてせいせいした」と思うことくらいでしょうか。

また、不思議に聞こえるかもしれませんが、刑事裁判において被害者はプレイヤーではありません。

基本的には、「証拠」、すなわち検察官が被告人犯罪を立証しようとするときに参照する対象にすぎないのです。

なぜなら、刑事裁判は、あくまで国と犯罪を犯したかもしれない人との間でのやりとりだからです。

この点について、近年は「被害者参加」の制度が整備され、被害者も法廷で意見を言えるようになってきました。(その制度が整備される前は法廷で意見を言えなかった経緯があります。)

そして、刑罰という人の人生に重大な影響を与えうるものを科すかどうか決める刑事裁判は、とても慎重な手続きになります。

法律の世界では「疑わしきは被告人の利益に」という言葉が存在するほどです。
(これは、犯罪の証明に疑わしいところがあれば、それは犯罪が成立しなかったものと判断しなさいという考え方です。)

裁判では、「合理的な疑いをさしはさまない程度の立証」がなければ、犯罪が成立したと判断してはいけないとされています。

刑事裁判の慎重さの表れですね。

「金払って謝れ」の民事裁判

上記の刑事裁判と異なり、被害者と加害者が対等の立場で争うのが、「金払って謝れ」の民事裁判です。

加害者と対等な立場になるなんて・・・と思う方もいらっしゃるでしょう。

しかし、裁判所がこの対等な立場を保障することにより、全ての人の人権が平等に守られるという現実があります。

つまり加害者も被害者も平等に裁判所に話を聞いてもらうことができるということです。

そしてここが重要なポイントなのですが、日本の民法では、裁判所の判決の結果、「最後はすべてカネで解決する」ことになっています。

加害者が被害者にお金を払って謝ることで、事件が解決したことになるのです。
(もちろん当事者がモノをよこせと言ったり、謝罪広告を出せと言ったりということもありますが、最後はカネです。)

日本で使っている民法の理論は、ローマ時代から脈々と受け継がれているものです。

その昔、最後の解決は奴隷に身を落とすことだったりもしました。

しかし、何があっても人間は一人の個人として尊重されるべきであり、奴隷になるなどの自由の剥奪を民事事件で行うことは許されません。

カネでの解決というのは、我々が一人の個人として尊重されていることの証でもあるのです。

「金払って謝れ」の民事裁判の特色

上述のとおり、民事裁判は、刑事裁判と違って刑罰というとんでもない制裁が科されるものではありません。所詮最後はカネで解決されるものです。

民事裁判において重要なのは、(誤解を恐れずにストレートな表現をすると)真実が何であるかではなく、「当事者が裁判所に言ってきたことは何であるか」なのです。

この民事裁判における原則を「弁論主義」といいます。

裁判所が当事者の主張に耳を傾ける「口頭弁論」(法廷に出る前に双方(大抵は弁護士同士)が主張したいことを交換する話し合い。)で言ったことのみに基づいて判決を下さなければならないという原則のことです。

だから、まず言わなければはじまりません。

証拠は後からでもいいから、とにかく言わなければいけないのです。

この「まず言わなければならない」という点に、弁護士を頼むメリットがあります。

民事裁判における「言い方」というものには細かなルールが決まっています。

裁判という場において、加害者と被害者の「どちらが何を言わなければならないか」というルールが法律で定められているのです。

そのため、民事裁判においては、「言うこと」のプロである弁護士に任せるのが、自分の主張を効果的に裁判所に伝える方法であるといえます。

被害者になったとき、加害者にさせられそうになったとき、弁護士を使うことの意義

上記のように、一つの事件を解決するのに刑事と民事という異なる二つの手続きが考えられます。

そして、このような区別がされていることには、長い歴史の中で培われた理由があり、その手続きが複雑かつ専門的になっているのが法律というものです。

この長い歴史を経て精緻に作りこまれた法律を知り尽くし、被害者や加害者となってしまった一般人の主張を正しく裁判所に届けるために、弁護士をはじめとする法律家が存在しています。

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弁護士を使うことにより、自身の主張や事実を刑事裁判・民事裁判のプロセスで正しく伝えることが出来るようになるのです。

弁護士保険の普及により、弁護士がもっと身近になる時代が来ることを願ってやみません。

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山根浩

山根浩

フリーライター。東京都生まれ。2008年よりインターネットメディアを中心に法律、スポーツ、健康といった幅広いジャンルで執筆活動を開始。2010年以降は法律ジャンルに特化し、離婚、相続、交通事故、近隣トラブル、職場トラブルといった身近な法律トラブルに関する執筆を多く担当している。
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