「仕事が遅いから残業代は出せない」は正当な理由になるのか

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「仕事が遅いから、自主的な残業代は出せない」
※この記事は『ワークルール検定問題集』などの著者であり、労働法の研究者である平賀律男氏による寄稿文です。

有能な社員は定時までに仕事を仕上げて帰るのに、別の社員は残業をして残業代をもらっている……。

こういう光景は、どこの会社にもあるものだと思います。

これに対して、一度はブームになった「成果主義賃金制度」は、働きぶりが公平に評価される制度として期待されていましたが、システムや査定の不透明さだとか、単なる人件費削減のツールにしたい会社の思惑だとかもあって、それほどうまく機能しているとは言えない状態です。

今日は、労働者や会社の内心に迫りながら、残業代について考えてみましょう。

こんな疑問にお答えします

Q.会社が「残業しろ」と言わなかったとしたら、例え仕事量が多すぎて残業したとしても残業代は発生しないのでしょうか。

A.会社が具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の労働時間内では終わらないと認められる場合には、暗黙の了解のもとで残業の「黙示の指示」があったものといえるので、残業代の対象になります。
また、労働者の能力の問題で就業時間内に仕事が終わらないことによる残業であっても、それを会社が知っているなら残業代が発生することとなります。
残業代が支払わなれない、請求しても応じてもらえない等の労働トラブルを抱えている場合は、弁護士への相談を検討してみてください。

残業する理由はいろいろある

残業が多い人にも、いろいろなパターンがあるでしょう。

単に与えられた仕事量が多すぎて所定時間内に終わらない人や、タイトルのように仕事が遅いせいで残業が増えている人だけではなく、上司が残っているから自分も帰れないという人や、残業代のためにあえてダラダラ仕事をする人もいるはずです。

このように、パッと思いつくだけでもいろいろな残業の形がありますが、どんな理由や動機があったとしても、残業時間が労働時間だと認められる限りは、残業代が発生します。

以前の記事(朝の始業前出勤は残業手当の対象になるのか)で、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間」である、つまり、会社の指示によって活動している時間を労働時間とする、と説明しましたが、その労働時間と意味は同じです。

会社の指揮命令に基づく残業か?

会社の指示によって残業することが残業代発生の根拠なのだとしたら、付き合いで残業している人やダラダラ残業する人は、自分の意思で会社に残っているだけなので残業代は出ないように思えます。

まさか、会社が「上司が帰るまで一緒に残業しろ」とか、ましてや「残業代のためにダラダラ残業しろ」とかいう命令なんて出しているわけがないからです。

行政通達でも、自主的な時間外労働は労働時間にあたらない、とはっきり示されており、付き合い残業やダラダラ残業に対して残業代を支払わないことは、法的に許されることになります。

残業の「黙示の指示」

では、会社が「残業しろ」と言わなかったとしたら、例え仕事量が多すぎて残業したとしても、残業代は発生しないのでしょうか。

この点、会社が具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の労働時間内では終わらないと認められる場合には、暗黙の了解のもとで残業の「黙示の指示」があったものといえるので、これは残業代の対象になります。

この「黙示の指示」を平たく言えば、残業を会社が黙認しているというイメージがぴったりです。

とすると、会社が与えた仕事量が多すぎることによる残業であろうと、労働者の能力の問題で就業時間内に仕事が終わらないことによる残業であろうと、それを会社が知っているなら、残業代が発生することとなります。

そもそも、労働者のキャパが小さいのであれば、会社は就業時間内に終わるような仕事をさせればいいのですから、労働者の仕事が遅いから、というのは理由にならないわけです。

なお、先ほどの付き合い残業やダラダラ残業に対して会社が今まで残業代を支払っていたのであれば、これも黙認の一種といえます。

会社の立場から考えてみよう

残業代は人件費の一部であり、これを削減したいと思う会社は多いでしょう。

会社として、無駄な残業を「黙認」してしまわないためには、残業の指示を明解かつ的確に行うだけではなく、会社が指示する以外の残業を「強く禁止」する必要があります。

強く禁止することで、会社が黙認したと考える余地が少なくなるのです。

残業を強く禁止した例として、こんな裁判例があります。

サブロク協定を締結していない職場で、会社が労働者の残業を禁止して、所定時間内で残務がある場合には管理職に引き継ぐことを指示するとともに、これに反して時間外労働を行った労働者にはすぐに止めるよう指示をしていた場合に、労働者からの時間外労働の請求を認めなかった(神代(こうしろ)学園ミューズ音楽院事件(東京高裁平成17年7月30日判決))

この会社ではサブロク協定が締結されていなかったという特別な事情もありますが、会社の残業禁止の方針は労働者にかなり徹底されています。

ここまでしなくても、会社が残業を原則禁止して、ダラダラ残業を止めるようきっちり指示するとともに、どうしても残業させなければいけない場合には、上司から事前の承認を得るとか、上司が残業を許可・指示するとかという運用をしっかり行っていれば、残業について黙示の指示があるというケースはかなり減ることになります。

残業をする「権利」があるわけではない

労働者は本来、会社の指示に従って働く「義務」があるのであって、残業をする「権利」があるわけではありません。

残業が増えるのは、残業代の点からいえば好ましいことかもしれませんが、私生活の充実の点で考えると必ずしもいいことだとはいえません。

しかし、残業を減らすためには、労働者だけが努力するのではなく、会社も待遇の改善などで応えなければなりません。

所定時間内に到底終わりそうもない仕事を与えておいて残業代は払わない、などというのはもってのほかです。

労働者だけが我慢するのではなく、労使が協力して解決すべき問題だといえます。

申請できなかった残業を請求するには?

残業が増えるのは決して好ましいことではありません。しかし、残業をしないように!と言われている中でどうしても仕事が終わらず、申請を出さずに残業をすることになったとしましょう。

ここで、申請できなかった残業代は請求できるのでしょうか?

結論、申請をしていない残業代を請求するには、残業をした事実を証明し、会社による黙示の指示があったことを示す必要があります。

残業をした事実を証明しよう

残業代を申請するには、残業をしたという具体的な事実の提示が必要です。

証明する方法として、一般的に以下のようなものがあります。

  • タイムカードの提示(機械的に印字されているものが好ましい)
  • 日報(勤務時間を記したもの)
  • 仕事で使うパソコンのログイン・ログアウトの時刻
  • 業務中に送信したメールの時刻(自動送信の場合は証拠として弱いため、手動で送信したメールが好ましい)
  • 建物の退館記録(退館時刻の証明となる)

黙示の指示があった証拠を提示する

続いて、黙示の指示があった証拠の提示です。

お伝えした通り、会社が与えた仕事量が多すぎることによる残業であろうと、労働者の能力の問題で就業時間内に仕事が終わらないことによる残業であろうと、それを会社が知っているなら残業代は支払われなくてはなりません。

会社による黙示の指示があったことを証明するには、以下の記録があると有効です。

  • 業務内容の指示書(就業時間内に終わりそうにない内容を指示したことに対する証明となる)
  • 会社が業務を指示した時刻(終業直前の指示であれば、残業をせざるを得ない状況となるため)

労働トラブルの解決は弁護士に依頼すると効果的

残業代は、どんな理由や動機があったとしても、残業時間が労働時間だと認められる限りは発生するものです。

とはいえ、残業をしないでほしいと日頃からプレッシャーをかけられている場合は、残業申請をしたくてもしづらいという方もいるでしょう。

仮に残業代を請求したとしても、「申請を出していないのなら支払わない」と言われてしまうケースも考えられます。

こうした労働トラブルを解決するためにも、ぜひ労働問題に詳しい弁護士へ相談してみてください。

弁護士に相談するメリット

弁護士に相談することで、以下のメリットがあります。

  • 残業分の適正な金額を算出してもらえる
  • 本人の代わりとなり会社に交渉してもらえる
  • 会社が請求に応じない場合も、裁判手続きで残業代の受け取りを認めてもらうよう進めてもらえる

このように、効率的に残業代回収に向けて動いてもらえるのです。

弁護士の探し方

弁護士も得意とする分野が異なります。
労働トラブルに強い弁護士を見つけるには、労働問題の取り扱い実績があるかをチェックしてみましょう。
法律事務所のホームページで、「業務分野」や「実績例」として専門分野・得意分野が記載されていることがあるので、ぜひ調べてみてください。

弁護士の相談窓口について詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。

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記事を振り返ってのQ&A

Q.残業代は働いた分支払われるものですか?
A.残業するにあたり、どんな理由や動機があったとしても、残業時間が労働時間だと認められる限りは、残業代が発生します。
ただし、行政通達では、自主的な時間外労働は労働時間にあたらないとはっきり示されており、付き合い残業やダラダラ残業に対して残業代を支払わないことは、法的に許されることになります。

Q.会社が「残業しろ」と言わなかったとしたら、例え仕事量が多すぎて残業したとしても残業代は発生しないのでしょうか。
A.会社が具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の労働時間内では終わらないと認められる場合には、暗黙の了解のもとで残業の「黙示の指示」があったものといえるので、これは残業代の対象になります。

Q.労働者のキャパが小さい場合は、残業代をもらえないのでしょうか?
A.会社が与えた仕事量が多すぎることによる残業であろうと、労働者の能力の問題で就業時間内に仕事が終わらないことによる残業であろうと、それを会社が知っているなら残業代が発生することとなります。