マイホームの購入は、人生の大きなイベントの一つです。
しかし、近年では「シックハウス症候群」と呼ばれる、新築物件で起こりやすい疾患が注目されています。
購入したマンションがシックハウス症候群を引き起こすシックハウスであった場合、その契約を解除することはできるのでしょうか?
今回は、実際にあったAさんの事例(東京地裁、平成17年12月5日判決)を紹介します。
測定したら指針値以上の値が!Aさんの事例
Aさんは、ある不動産管理仲介業者から新築マンションを購入しました。
このマンションのパンフレット等には、「シックハウス症候群の主な原因とされるホルムアルデヒドの発生を抑えるために、環境物質対策基準を満たした建材などを採用している」などの旨が表示されており、シックハウス症候群への対策は万全であるかのように思われました。
しかし、入居後すぐに、頭痛、鼻水、目の痛みなどの症状に悩まされてしまいました。
そこで、保険所に室内の空気の簡易測定をしてもらったところ、ホルムアルデヒドの濃度は厚生省(当時)の示す指針値よりも高い値となっていました。
Aさんの購入した新築マンションはいわゆるシックハウスであり、シックハウス症候群を引き起こして居住者の健康を害する恐れがあるものだったのです。
このことからAさんは、不動産会社に対して瑕疵担保(かしたんぽ)責任債務不履行、不法行為責任等を理由として、代金の返還(契約解除)と損害賠償を求めて裁判を起こしました。
請求金額は合計約5,631万円(うち売買代金は4,350万円)にのぼります。
裁判結果
裁判所は、Aさんの訴えの一部を認め、瑕疵担保責任に基づく契約解除および4,791万円の損害賠償を認めました。
一方で、債務不履行責任や不法行為責任を理由とする損害賠償については否定しました。
シックハウス症候群とは
今回の裁判で問題となった「シックハウス症候群」とは、いったい何なのでしょうか。
シックハウス症候群とは、新築の住居などで起こる体調不良のことをいい、具体的な症状は、目・鼻・喉などの粘膜がチクチクする、頭痛や吐き気を繰り返す、疲れやすいなどといったものがあります。
シックハウス症候群を引き起こす原因としては、建築技術の進歩に伴って住宅の気密性が向上したことで、建材等から発生するホルムアルデヒドなどの化学物質が室内にこもり、室内の空気が汚染されてしまうことなどが考えられています。
シックハウス症候群への対策を講じるためには、物件の購入前や建築着工前に建材やフローリングの床材などの素材をよく確認し、できるだけホルムアルデヒドなどの化学物質を発生させないような素材を選ぶことが大切です。
また、入居してからその物件がシックハウスであることに気づいた場合には、部屋の換気をしっかり行うことで空気の汚染を防ぐことが重要です。
また、室内が乾燥していると粘膜に悪影響を与えてしまいますので、湿度は50%程度に保つようにしましょう。
裁判結果の解説
それでは、今回の裁判結果について下記で解説していきます。
瑕疵担保責任とは
Aさんの裁判で認められた「瑕疵担保責任」とは、いったい何なのでしょうか。
まず、「瑕疵」(かし)とは、物事が通常有すべき品質や機能、性能を有しないことをいいます。
今回の事例のような住宅の場合には、通常の生活に支障があるような欠陥が建物にある場合、例えば床が傾いていたり、天井から雨漏りがしたりする状態の場合などに、「瑕疵」があるといいます。
そして、「瑕疵担保責任」とは、売買した目的物に、通常の注意を払っても売買時には発見することのできない「隠れた瑕疵」があった場合に、売主が負う責任のことをいいます。
民法では、瑕疵担保責任について以下のように規定されています。
②買主は売主に損害賠償請求と契約の解除を請求できる。
③責任を追及できるのは買主が瑕疵を発見した日から1年以内。
ただし、上記は一般的な規定であり、売買の目的物等によっては、個別の法律において特別な規定が設けられている場合もあります。
例えば、新築住宅の基本構造部分の瑕疵の場合は、住宅品質確保法により、売主に対して10年間の瑕疵担保責任が義務づけられています。
今回の事例の場合
今回の事例でAさんが購入したマンションは、環境物質対策基準に適合したフローリング材等を使用した物件であることをパンフレットなどでうたっており、Aさんはそれを考慮したうえで物件を購入しています。
このことから裁判所は、このマンションが備えるべき品質として、ホルムアルデヒドなどの環境物質の放散について当時の行政が推奨していた水準の室内濃度に抑制されたものが前提とされていたと指摘しました。
そして、それにも関わらず、マンション引き渡し当時の室内空気のホルムアルデヒド濃度が厚生省指針に定める水準より高かったことから、このマンションには隠れた瑕疵が存在すると認められました。
不動産会社としては、環境物質対策基準に適合している建材を実際に使用していることから、パンフレットに記載されていたことに偽りはありません。
しかし、瑕疵担保責任の場合、過失がなくても売主は責任を負わなければいけません。
したがって、不動産会社に瑕疵担保責任が認められ、Aさんの主張する契約解除と損害賠償が認められたのです。
債務不履行責任について
Aさんは裁判で、不動産会社の「債務不履行責任」も主張しました。
債務不履行責任とは、故意または過失によって、物や金銭の給付などといった債務を履行しないことをいいます。
今回の事例でAさんは、不動産会社は「居住者の生命身体に危険を生じさせないような住宅を提供する義務」を果たせなかったとして、不動産会社の債務不履行責任を主張しました。
しかし、裁判所は、そのような義務については今回の売買契約の内容にはなっていないとして、不動産会社の債務不履行責任は認めませんでした。
不法行為責任について
裁判においてAさんは、不動産会社の「不法行為責任」についても主張しています。
不法行為責任とは、故意または過失によって他人の権利・利益などを侵害した場合に生じる責任のことをいいます。
今回の事例でAさんは、不動産会社は環境物質対策が不完全な物件を、対策が十分なものだとして売却したとして、不動産会社の不法行為責任を主張しました。
しかし、裁判所は、問題となったホルムアルデヒドの発生源や発生メカニズムが特定できないことや、不動産会社は環境物質対策基準に適合した建材を用いてマンションを建築したことから、不動産会社の不法行為責任は認めませんでした。
まずは弁護士に相談を
今回の事例のように、売買の目的物に「隠れた瑕疵」がある場合、買主は損害賠償や契約の解除を請求することができます。
ただし、買主側が隠れた瑕疵の存在を知らなかったことや、通常の注意を払っても売買時には瑕疵の存在を発見できなかったことを主張する必要があります。
また、瑕疵担保責任を追及できる期間は限られています。
売主の瑕疵担保責任を追及する場合には、問題が発覚した時点で、すぐに弁護士に相談して適切に対処することが大切だといえるでしょう。
まとめ
不動産のように高額な買い物でトラブルが発生した場合、莫大な損失となってしまいます。
今回の事例のように、購入時にすでに不具合があった場合には、損害賠償や契約の解除を請求できる可能性があります。
購入したマンションがシックハウスだったなど、不動産売買をめぐるトラブルに遭遇した場合は、すぐに弁護士に相談するようにしましょう。
弁護士に相談する場合には、弁護士保険がおすすめです。保険が弁護士費用を負担してくれるので助かります。