「通帳と印鑑は別々に保管すべし!」というのは、一種の常識ですよね。
しかし、それだけで防犯対策が十分とは限りません。
通帳が盗まれてしまったら、偽造印鑑によってお金を引き出されてしまう可能性があるのです。
盗まれた通帳と偽造印鑑で預金が引き出された場合、銀行の責任は問えるのでしょうか?
今回は、Aさんの事例(名古屋高裁、平成21年7月23日)を御紹介します。
Aさんの事例
Aさんはある日、ピッキング盗難の被害にあって7通の通帳を盗まれてしまいました。
しかし、印鑑は別の場所に保管していたため、幸いにも盗まれませんでした。
Aさんの通帳を盗んだ犯人は、Aさんから窃盗した銀行の預金通帳と偽造印鑑を使用して、銀行に対して約200万円の預金払い戻しを請求し、払戻請求書とAさんの通帳を銀行の担当者に提出しました。
銀行の担当者は、印鑑照会機で届出印の印影を表示させ、払戻請求書の印影と重ねるなどして確認し、印影が一致していると判断しました。
払戻金額が100万円を超えており、出納係の管理する出納機から出金する必要があったことから、ベテラン行員である調査役に払戻請求書と通帳が回付され、同日、調査役が再度印鑑照合を行った後、出金が行われました。
この事態に気付いたAさんは、偽造印鑑によって窃盗犯に払い戻された預金約200万円の払い戻しを銀行に請求しましたが、銀行側は応じませんでした。
そこで、Aさんは預金額相当の約200万円等の支払いを求めて裁判を起こしました。
裁判結果
第一審では、払戻請求書と届出印の印影は酷似していることが認められることから、裁判所は、銀行の担当者が金融機関としての業務上の相当な注意を持って確認したと判断し、銀行側に過失はないとしてAさんの請求を棄却しました。
しかし、控訴審では、裁判所は「届出印と払戻請求書の各印影の違いは、印影照合事務に習熟した者が相当の注意力をもってすれば、容易に確認できる」と判断し、払戻請求書の印影が届出印によるものと判断した銀行の担当者に過失があるとしました。
そして、窃盗犯への払い戻しは無効であるとして、Aさんの銀行に対する払戻請求を認めました。
解説
今回の事例では、銀行が行った印鑑照合に過失が認められるかどうかが争点となりました。
これは、銀行側が民法478条に規定する「債権の準占有者に対する弁済」の抗弁や、免責約款による免責を主張したためです。
これは、いったいどういうことなのでしょうか?
以下で詳しく解説していきます。
債権の準占有者に対する弁済について
民法第478条では、
と規定されています。
「債権の準占有者」とは、実際には債権者でないにも関わらず、あたかも債権者であるように振る舞っている者のことをいい、今回の事例では窃取したAさんの通帳を持っている窃盗犯がこれに該当します。
そして、そのような人に対して行った弁済(今回の場合は、払戻金の支払い)は、銀行側がその事実を知らず(=善意であり)、かつ過失がなかった場合には有効なものとされます。
これにより、窃盗犯に預金が払い戻されてしまったAさんは、自らの預金の払い戻しを受けられなくなってしまうのです。
免責約款について
銀行の普通預金規定には、
とする免責約款が定められていました。
この約款の規定により、銀行が「相当の注意を持って」印影を照合した場合は、偽造印鑑により第三者に払い戻しをしてしまっても、銀行は責任を負わないことになります。
以上のとおり、「債権の準占有者に対する弁済」として窃盗犯への払戻しが有効とされるためにも、免責約款に基づいて銀行が免責とされるためにも、銀行の過失がないこと、つまり、銀行が相当の注意を持って印影を確認し、印鑑照合における注意義務を尽くしたということが必要とされるのです。
銀行の注意義務について
今回の事例では、銀行の注意義務の判断をめぐって第一審と控訴審で意見が分かれました。
第一審では、払戻請求書と届出印の印影は酷似していることが認められることから、銀行の担当者は印鑑照合における注意義務を果たしたとされ、銀行側に過失がないことからAさんの請求は棄却されました。
しかし、控訴審では一転し、裁判所は、印章偽造技術が進歩している昨今では重ね合わせ等による比較のみでは注意義務が尽くされたとはいえないことを指摘しました。
そして、印鑑照合事務に習熟した者が相当の注意力をもって平面的な比較照合を行っていれば、届出印と請求書の印影には相違があると容易に気づけたはずであることから、銀行側の過失が認められ、Aさんの払戻請求が認められたのです。
控訴審では、印章偽造技術の進歩が考慮され、銀行の注意義務の基準が厳しく判断されたことから、一審とは異なる判決が下されました。
時代や技術の変化によって、印鑑照合にあたって銀行に求められる注意義務も変化するということです。
印鑑を偽造されないためには?
近年では、銀行による印鑑照合の正確性が向上している一方で、印章偽造技術も進歩を続けており、より類似した印鑑を作成される危険性も高まってきています。
引き続き、貴重品の管理には細心の注意を払うようにしましょう。
また、今回のような犯罪を防止するためには、偽造されにくい印鑑を持っておくことが重要です。
安価な三文判などの印鑑を銀行印として利用してしまうと、偽造されるリスクが高まるため、絶対に避けるようにしましょう。
偽造されにくい印鑑としては、手作りの印鑑やオリジナルの印鑑、手彫りの印鑑などが挙げられます。
印鑑職人の中には文字の背景に花などの柄を手彫りしてくれる人もおり、このような印鑑は偽造されにくいことから、より安全性が高まります。
このように、特徴的な印鑑を最低限一つでも持っておくことが、偽造印鑑による不正な預金払い戻しといった犯罪を防ぐための有効な手段といえるでしょう。
盗まれたお金に関しては、こちらの記事をご覧ください。
関連記事
-
【盗難・窃盗被害】盗まれたお金は戻ってくるのか?
近年の日本社会においても未だ無くならない、最も古典的な犯罪である窃盗。 一番イメージしやすいのは手ぬぐいや風呂敷を鼻の下で結んだ、ひげ面の泥棒でしょうか……もちろん、今どきそんなわかりやすい犯人はいません。 しかし、残念 …
まずは弁護士に相談を
今回のAさんの事例では銀行の責任が認められましたが、類似の判決の中には預金者の払戻請求が認められたものもあれば、そうでないものもあります。
偽造印鑑による不正払い戻しの場合は銀行の過失が認められる場合が比較的多いといわれていますが、銀行側の過失を証明するのは簡単なことではありません。
偽造印鑑による犯罪被害にあってしまった場合には、頼れる弁護士にすぐに相談し、適切に対処するようにしましょう。
まとめ
大切な預金を守るためにも、印鑑と通帳を厳重に管理したり、偽造されにくい印鑑を使用したりするなど、あらかじめきちんと対策を講じるようにしましょう。
万が一、盗まれた通帳と偽造印鑑による不正な預金引き出しをされてしまった場合、銀行側もある意味では被害者だといえます。
銀行側も損をしたくないため、裁判になった場合にはお互いに強い主張が必要になります。
この場合は、弁護士などの専門家に相談して、適切に対応するようにしましょう。
護士に相談をする際には、弁護士の費用がかかるケースに備えて、弁護士保険に加入しておくこともおすすめです。
実際に訴訟などになった際の弁護士費用を軽減することが可能です。
弁護士保険なら11年連続No.1、『弁護士保険ミカタ』
弁護士保険なら、ミカタ少額保険株式会社が提供している『弁護士保険ミカタ』がおすすめです。1日98円〜の保険料で、通算1000万円までの弁護士費用を補償。幅広い法律トラブルに対応してくれます。
経営者・個人事業主の方は、事業者のための弁護士保険『事業者のミカタ』をご覧ください。顧問弁護士がいなくても、1日155円〜の保険料で弁護士をミカタにできます。
法人・個人事業主の方で法的トラブルにお困りの場合には、法人・個人事業主向けの弁護士保険がおすすめです。
経営者・個人事業主には『事業者のミカタ』がおすすめ!
『事業者のミカタ』は、ミカタ少額保険株式会社が提供する、事業者の方が法的トラブルに遭遇した際の弁護士費用を補償する保険です。
個人事業主や中小企業は大手企業と違い、顧問弁護士がいないことがほとんど。法的トラブルや理不尽な問題が起きたとしても、弁護士に相談しにくい状況です。いざ相談したいと思っても、その分野に詳しく信頼できる弁護士を探すのにも大きな時間と労力を要します。
そんな時、事業者のミカタなら、1日155円~の保険料で、弁護士を味方にできます!
月々5,000円代からの選べるプランで、法律相談から、事件解決へ向けて弁護士へ事務処理を依頼する際の費用までを補償することが可能です。