従業員の引き抜きは違法?損害賠償請求できるケースを解説!

従業員の引き抜きは違法?損害賠償請求できるケースを解説!

ある日突然、エース社員が競合他社や元社員に引き抜かれてしまった…

そんな悪夢のような体験をする経営者は少なくありません。

企業にとって、優秀な人材の流出は大きな損失です。従業員の引き抜きは違法性が認められれば損害賠償請求できる可能性があります。

しかし、従業員の引き抜き行為に違法性があるかどうかの判断は難しいでしょう。

本記事では、従業員の引き抜きが違法となるケースと、損害賠償請求できる具体的な事例を解説します。

従業員の引き抜きに遭って今まさにピンチ!という経営者は、ぜひ参考にしてください。

こんな疑問にお答えします

Q.違法な引き抜き行為に損害賠償請求は可能ですか?

A.従業員の違法な引き抜きによって会社が損害を受けた場合は、損害賠償請求が可能になるケースがあります。損害賠償が認められるには、引き抜き行為に違法性があることや精神的苦痛との因果関係が明白であることなど、さまざまな要素が必要です。賠償金額の算定にも影響するので、専門家に相談しながら進めることをおすすめします。

従業員の引き抜きは違法になる可能性がある

従業員の引き抜きは、場合によっては違法となり損害賠償請求できる可能性があります。

従業員が自由に職を変える権利は保障されていますが、引き抜き行為が社会的に相当性を逸脱した場合、違法とみなされることがあります。

具体的には、引き抜きが競争を不当に阻害する方法で行われるか、企業秘密の漏洩につながる場合、雇用契約上の誠実義務違反や不法行為として責任を問われる可能性があるでしょう。

また、引き抜きによって元の勤務先が著しい損害を受ける場合、その行為は違法と見なされることが多いです。

従業員の引き抜きで違法性が高いケース

従業員の引き抜きが違法になるかどうかの判断は、次の要素を総合的に考慮して判断されます。

従業員の引き抜きで違法性が高いケース

在籍中の従業員や取締役による不当な引き抜き

在籍中の従業員や取締役による不当な引き抜きは、違法性が高いといえるでしょう。

不当と考えられる主な要因として、忠実義務誠実義務という2つの義務に違反するかどうかが関係します。

取締役や在籍中の従業員は、自らの勤める会社に対して忠実であるべきという「忠実義務」を負っています。これは、自社の利益を守り推進する責任があるというものです。

たとえば、取締役が競合他社への移籍を考えて従業員を引き抜くような行為は、自社の利益を損なう行為として忠実義務違反にあたり得ます。

また「誠実義務」とは、従業員が雇用契約上、雇用主に対して誠実に行動することを求められる義務のこと。従業員が在籍中に他の従業員を引き抜き、競合他社へ移籍させるような行為は、この誠実義務に反する可能性があります。

特に、引き抜きによって元の会社が直面する損害が大きい場合や、引き抜きが背信的な方法で行われた場合は、その違法性は一層明確になるでしょう。

退職後の従業員による社会的不相当な引き抜き

退職後の従業員による社会的不相当な引き抜き行為も、違法性が高いと考えられます。

原則として、退職後の従業員は元の会社に対する忠実義務や誠実義務を負う必要はありません。しかし、退職後の従業員が元の会社の従業員を引き抜く際に、社会的相当性を著しく欠く方法を取った場合、不法行為とみなされる可能性があります。

たとえば、退職した従業員が業務上知り得た秘密情報を利用して引き抜く場合は、不正競争防止法に違反する可能性があります。企業秘密の漏洩につながる可能性があるため、違法性が高くなるでしょう。

退職後の引き抜きが違法になるかどうかを判断する際には、その人の地位も重要な要素として考慮されます。特に、高位の従業員や経営幹部が引き抜きに関与する場合、元の会社の経営に決定的なダメージを与えかねません。

組織の健全な発展を阻害する行為は、損害賠償請求の対象になる可能性が高いでしょう。

秘密裏で計画された引き抜き

秘密裏で計画された引き抜きは、違法性が高くなるでしょう。水面下で引き抜きが計画される場合、企業秘密の不正利用や不正競争防止法の違反を伴う可能性が高くなります。

特に、引き抜きを計画する際に元の会社の業務上知り得た秘密情報が使用される場合、企業秘密の保護を目的とした法律に反することがあり、明確な違法行為とみなされます。

短期間で大量の引き抜き

引き抜きが違法になるかどうかは、人数も関係しています。短期間で大量の引き抜きは違法性が高く、損害賠償の対象になり得るでしょう。

短期間で大量の引き抜きが行われることで、元の会社は顕著な人員不足が発生してしまいます。業務が著しく妨害され市場における競争の公平性が損なわれる場合、不公平競争と見なされる可能性があるでしょう。

不正な手段を用いた引き抜き

引き抜き行為の手段によっても、違法かどうかの判断基準になり得ます。

特に以下のような行為は、法的な問題を引き起こす可能性があるでしょう。

従業員に金銭やその他の利益を提供する

引き抜き行為によって提供される利益が不正な動機に基づいている場合、贈賄や不正競争に該当する可能性があります。

従業員に前の会社を誹謗中傷する

前の会社に対する虚偽の情報や悪口を流布する行為は、名誉毀損や不正競争行為として法律によって禁止されています。このような行為は、元の会社の評判を損ね、市場における公平な競争を歪める違法行為に当たる可能性があります。

従業員に前の会社に損害を与えるような行為をさせる

元の会社の業務遂行能力を故意に低下させるような行為や、企業秘密を盗用するような行為は、違法性が非常に高いと考えられます。損害賠償責任だけでなく、刑事責任に発展するかもしれません。

競業避止義務違反に該当する引き抜き

競業避止義務違反に該当する引き抜きも、違法と見なされる可能性が高いでしょう。

競業避止義務とは、従業員や元従業員が、一定期間に特定の業務範囲内での競争行為を行わないことを約束する義務のこと。従業員が他社に移籍した際に、これまで培ってきた技術やノウハウを他社で利用または漏洩することを防ぐために規定されます。

競業避止義務違反になる行為は、以下のようなケースが挙げられます。

同業他社での就労

競業避止条項により、従業員が一定期間中、競合他社に就職することを禁じられています。この期間内に競合他社での就労を行うと、競業避止義務違反になることがあります。

事業の開始

元従業員が競業避止期間内に、禁止された業種や地域で自己の事業を開始する行為も違反にあたります。

顧客やクライアントの引き抜き

元の雇用主の顧客やクライアントを自己または他社の利益のために引き抜く行為。特に、元従業員が個人的な関係を利用して行う場合に問題となります。

機密情報の利用または開示

元の雇用主から得た機密情報や企業秘密を、新たな職場や自己の事業で不正に利用または開示する行為。競業避止義務とは別に、企業秘密の保護に関する法律によっても禁じられています。

従業員の引き抜きで違法性が低いケース

従業員の引き抜きは、すべてが違法になるわけではありません。

次のような場合、合法になる可能性があるでしょう。

従業員の引き抜きで違法性が低いケース

従業員が自発的に転職を決意した場合

従業員が自分の意志で転職を決意し、他社からの勧誘を受けて転職する場合は、違法性が低いと見なされます。

従業員には、基本的に職業選択の自由があります。

特に、従業員が自ら退職を希望し積極的に新しい会社へ応募する場合は、会社は引き止めることはできません。違法性が低く、損害賠償請求もできないでしょう。このとき、競合他社へ転職してほしくない社員に対しては、就業規則や会社の規定に競業避止義務の誓約書を提示するといいでしょう。

社内でハラスメントを受けていた場合

社内でハラスメントや不適切な扱いを受けている従業員が、より良い職場環境を求めて他社への転職を決意する場合や他者から勧誘を受けて移籍する場合は、合理的であり違法性は低いと考えられます。

従業員の健康と安全は優先されるべきで、転職は自己保護の手段として正当化されるでしょう。

ここで問題になるのが、会社でハラスメントの実態があるということです。

ハラスメントは、職場環境を害し、従業員の健康、幸福、生産性に悪影響を及ぼすだけでなく、企業の評判や業績にも損害を与える可能性があります。

ハラスメントによる訴えがあれば、すぐに調査し適切な対応をしてください。

前の会社との雇用契約を正式に解除している場合

従業員が、前の会社との雇用契約を正式に解除し競業避止の制限がない場合、新しい雇用の機会は、他者からの勧誘により移籍が認められます。

ただし、従業員と会社が秘密保持契約を締結していた場合、契約の内容に従って会社の秘密を守る義務は負わなければなりません。この義務は、退職後も継続します。

秘密保持義務に違反した場合、損害賠償請求される可能性があるでしょう。

従業員の違法な引き抜きは損害賠償請求が可能?

従業員の違法な引き抜きによって会社が損害を受けた場合は、損害賠償請求が可能になるケースがあります。

従業員の引き抜きで損害賠償が認められるケースと賠償金額の算定方法

損害賠償請求が認められるケース

違法な引き抜きによって損害賠償請求が認められるケースは、以下のような状況が含まれます。

  • 違法な引き抜き行為があったこと
  • 会社側や経営者が精神的苦痛を受けたこと
  • 違法な引き抜き行為と精神的な苦痛との間に因果関係があること

引き抜きが、競業避止条項の違反、企業秘密の盗用、不正競争行為など、違法な手段によって行われたことが証明される必要があります。

さらに、違法な引き抜き行為によって会社が受けた苦痛やダメージがある場合は、損害賠償請求の対象になり得るでしょう。ただし、被った損害が引き抜き行為によって発生したものと証明できなければなりません。

賠償金額はどのように算定されるか

損害賠償を求める側にとっては、いくら請求できるのか気になるところです。

賠償金額の算定には、以下の要素が考慮されます。

  • 違法な引き抜き行為の態様:引き抜きの方法や意図の悪質性、企業秘密の利用の有無など、行為の具体的な内容が影響する
  • 会社側が受けた精神的苦痛の程度:精神的苦痛の深刻さや影響の期間を考慮して、損害の範囲を評価する
  • 会社の規模:会社の規模や引き抜きによって受けた影響の大きさも、賠償額を決定する際に重要な要因となる。大企業と中小企業では、同じ行為による影響の度合いが異なる可能性がある。

具体的な賠償額の算定は、損害の証明や双方の主張、裁判所の判断によって決定します。

損害の具体的な算定が難しい場合、裁判所は過去の類似案件を参考にして賠償額を決定することもあるでしょう。

違法な引き抜きに関連する損害賠償請求を検討する場合、法的専門家のアドバイスを得ることが重要です。これにより、妥当な金額が算出され会社の権利が適正に守られるでしょう。

従業員の引き抜きで損害賠償が認められた判例

従業員の引き抜き行為による裁判例を紹介します。

令和4年2月16日 東京地裁判決

原告会社が、被告の勧誘行為が社会的相当性を逸脱する違法な引き抜きであると主張して、損害賠償請求した事案です。

この事案では、原告会社が業務執行社員であった被告に対して、2つの訴えを起こしました。

1つは、被告が業務執行社員在任中に善管注意義務及び忠実義務に違反し、退任後に原告会社の従業員を競業他社へ勧誘したこと。これに基づく債務不履行から損害賠償として合計約1億1494万円(社内規程所定の損害、調査費用及び弁護士費用を含む)の支払いを求めました。

2つ目に、被告のこの行為が原告会社に損害をもたらしたとして、被告に支払った退職慰労金875万円の返還を請求しました。

判決の結果、引き抜き行為が社会的相当性を逸脱したと認められ、5,000万2,450円及びこれに対する令和元年から支払済みまで年5分の割合による支払を命じました。

約5000万円の支払いを命じられた引き抜き事件

某コンサルティング会社が、東京地裁が違法な引き抜きをした元役員に対して約5,000万円の賠償支払いを命じた判決です。

この訴訟は、会社に属していた元業務執行役員がデロイトから別会社へ移籍し、その後に部下4人がEYへ転職したことが問題となりました。

東京地裁は、この移籍で悪質な引き抜き行為によるものと認定し、損害賠償の支払いを命じました。

従業員の違法な引き抜きへの損害賠償は弁護士に相談を

従業員の違法な引き抜きは、企業にとって深刻な問題を引き起こす可能性があります。

企業秘密の流出、競業避止義務の違反、または不正競争行為など、違法な引き抜きによる損害は多岐にわたります。

このような事態に直面した際は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。

違法な引き抜きへの対処を弁護士に相談するメリット

弁護士は、違法な引き抜きに関連する法的問題に対する深い知識と経験を有しています。法律の専門家として、具体的なケースに最も適した対策や解決策を提案してくれます。

また、弁護士は違法な引き抜きによって企業が受けた実際の損害を正確に評価します。弁護士の対応内容には引き抜き行為の直接的な損害だけでなく、企業の評判への影響や生産性が落ちたことによるトラブルも含まれます。

引き抜きによって発生する二次被害は、会社存続を左右する大きな問題になりかねません。

弁護士であれば、こうした損害に対する賠償額を適切に算出し、今後の打開策を講じてくれるでしょう。

事業トラブルは弁護士保険で事前対策をしよう

事業運営においては、違法な引き抜きを含むさまざまなトラブルが発生する可能性があります。

これらのリスクに備えるため、弁護士保険に加入しておくことが賢明です。弁護士保険は、法的トラブルが発生した際の弁護士費用をカバーする保険です。突発的な法的問題が生じた際の費用負担を軽減してくれるので助かります。

法人・個人事業主の方で法的トラブルにお困りの場合には、法人・個人事業主向けの弁護士保険がおすすめです。

弁護士保険による法人・事業主トラブルの解決事例はこちらから

記事を振り返ってのQ&A

Q.従業員の引き抜きで違法になるケースを教えてください。
A.在籍中の従業員や取締役による不当な引き抜き、退職後の従業員による社会的不相当な引き抜き、短期間の大量引き抜き、競業避止義務違反に該当する引き抜きなどが違法になる可能性が高いでしょう。

Q.違法性が認められにくい引き抜きはありますか?
A.従業員が自発的に転職を希望する際は、職業選択の自由になるため不当な引き抜き行為がない限り違法性は低いでしょう。また、社内のハラスメントを理由に他者へ移籍する場合は違法性は認められにくいです。前の会社との雇用契約を正式に解除している場合も、合理的と言えます。

Q.違法な引き抜き行為に損害賠償請求は可能?
A.従業員の違法な引き抜きによって会社が損害を受けた場合は、損害賠償請求が可能になるケースがあります。