Googleなど検索サービスにおいて、自分の氏名を検索してみたという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
最近は「エゴサ(エゴサーチ)」と呼ばれており、自分の本名やアカウント名、ハンドルネームなどがどのように評価されているのか調べるというものです。
ユーチューブやSNSなどで誰でも情報発信できる時代になりましたので、自身がどのように思われているのか気になることも理解ができます。
ただ、中には忘れてほしい情報もあるのではないでしょうか。
過去に犯罪を犯してしまい、その情報がネット上に拡散されてしまうと、自分の名前や顔写真など個人情報がいつまでも消えずに残ってしまうのです。
今は真面目に生活しているとしても、職場や近所に過去のことがばれてしまうのではないかと、気になりながら暮らさねばならないのです。
今回ご紹介するケースは、検索サービスで自分の名前を検索してみると、逮捕歴などの事実が表示されるために、削除を求めたというものです。
第一審では訴えを認めましたが、第二審、最高裁では削除を認めませんでした。
ここで争点となったのは「忘れられる権利」というプライバシー保護のための新しい権利です。
「忘れられる権利」とはどのようなものなのか、事例をご紹介しながら詳しく解説していきましょう。
【事例で学ぶ】検索サービスに表示される自分の逮捕歴の削除が認められなかったケース
自分の氏名を検索サービスで検索した際に、自分の逮捕歴に関するさまざまな情報が表示されることに対して、情報の削除を求めたという裁判です。
裁判の経緯としては、次のようになっています。
- さいたま地裁(平成27年12月22日):検索結果を削除するよう仮処分
- 東京高裁(平成28年7月12日):仮処分決定を取消し削除を認めず
- 最高裁(平成27年12月22日):削除を認めず
この男性は過去に児童買春による逮捕歴がありますが、その後、更生して妻子と真面目に暮らしていることから、プライバシーの保護と更生を妨げられない機会を求めました。
さいたま地方裁判所では削除するよう仮処分を命じましたが、その後の東京高裁、最高裁の判断では削除を認めませんでした。
さいたま地方裁判所の判決においては「忘れられる権利」を認めたことによって大きく注目された判例となっています。
このケースについて、詳しくお伝えしていきましょう。
第一審さいたま地裁の判断
第一審のさいたま地裁においては、過去に逮捕された事実をみだりに公表されない法的利益があり、また更生を妨げられない利益があるとしました。
この事例が注目されたのが、「忘れられる権利」という、プライバシーに関する新しい権利概念が示されたということです。
「忘れられる権利」とは「削除権」「消去権」とも呼ばれるもので、ネット上の情報はいつまでも消えずに残ってしまうことから、プライバシー保護の観点で検討されてきた権利です。
ネット上の情報は「デジタルタトゥー」と表現されることがありますが、いったん拡散されてしまうと、その情報をすべて削除するのは不可能な状態になります。
今回訴えを起こした男性は、数年前に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」違反で処罰を受けています。
しかし、人格権を有しており、更生を妨げられない利益があることから、ある程度の期間が経過すれば、社会から「忘れられる権利」を有するとしたのです。
東京高裁・最高裁の判断
東京高裁においては、さいたま地裁で示された「忘れられる権利」はあいまいな概念であり、あくまで名誉権とプライバシー権に基づく請求であるとして取扱っています。
また最高裁においては、忘れられる権利については言及せず、人格権ないし人格的利益に基づく請求をして取扱いました。
いずれも請求を却下し、検索結果の削除を認めないという判断をしています。
東京高裁では、訴えを起こした男性の権利利益と、表現の自由・検索結果によって得られる知る権利を比較したうえで、判断されています。
「忘れられる権利」については、法的に定められている権利概念ではなく、要件や効果が不明確であることから、名誉権とプライバシー権から独立させて判断することは不要だとしました。
最高裁では、プライバシーに関する事実が公表されない法的利益と、検索結果を提供する公益性などを比較したうえで、削除は認められないとしました。
最高裁での判決においては、さいたま地裁で示された「忘れられる権利」について言及されることはありませんでしたが、検索結果の削除について初めて言及されたために注目される判決となりました。
最高裁が示した検索結果を削除するための要件
最高裁が示した、ネット上での検索結果の削除についての言及が注目されることになりました。
今回の事例においては、「事実を公表されない法的利益」と「検索結果を提供する理由に関する諸般の事情」が比較されたうえで、削除を認めない判決を下しました。
つまり、検索結果を削除するためには、
- プライバシーに属する事実の性質や内容がどのようなものであるか
- 検索結果が提供されてどの程度拡散され、被害を被るのか
- 検索結果の公益性
といった要素によって判断されるべきであるとしたのです。
最高裁は、検索結果を提供することが、検索エンジンを運用する側の「表現行為」であるとして、社会的な役割が存在するとしました。
検索エンジン側は、「検索結果は機械的に生成したものだから情報を媒介しているだけ」といった主張をしていますがこの主張を認めず、「表現者」としてプライバシーなどを理由にした削除請求については今後も対応しなければならないとしたのです。
また、訴えを起こした男性には児童買春という社会的に避難される逮捕事実があるため、公共の利害に関わるものであるとしています。
女子児童を抱えているご家庭においては、重大な関心ごとであることは明らかであるからです。
さらに、検索結果は、住んでいる地域や名前を検索した場合のものであることから、拡散されるとしても限定的なものであるとしました。
そのような判断を踏まえて、事実を公表されない法的利益が優越するとは言えないために、削除が認められないとしたのです。
忘れられる権利とは~検索結果の削除は可能なのか
今回ご紹介した事例は、「忘れられる権利」がはじめて裁判によって示され、また最高裁では言及はなかったものの、この忘れられる権利の考え方を示したものであると言えます。
「人の噂も75日」といった言葉もある通り、人があれこれと噂しても、自然に忘れ去られてしまいます。
しかし、ネット上の記憶や噂は、デジタルタトゥーであるが故に、消し去ることができないのです。
ただ、「忘れられる権利」が報道機関による報道を消してしまうような事実を消し去る権利ではないということです。
今回の事例によっても示された通り、検索結果も表現の一つですので、この表現によって得られる法的利益よりも事実を公表されない法的利益が優越する場合には、削除が認められることになります。
とはいえ、削除が認められるためには、高いハードルが待っていることも事実です。
しかし、情報の提供側と任意的に交渉を進めることによって削除に応じてもらうことができるケースも数多く存在します。
例えば、掲示板やSNSなど、個人が運営する情報については、比較的削除に応じてもらいやすいものになります。
そのため、検索結果においてお悩みを持っている方であっても諦めずに、ネット問題に精通した弁護士に相談すると良いでしょう。
まとめ
検索サービスに表示される自分の逮捕歴の削除請求が認められなかったケースという事例をご紹介しました。
今回の事例で注目されたのは「忘れられる権利」。
第一審で示された新しいプライバシーの権利概念であり、その後の東京高裁や最高裁では認められなかったものの、その考え方について示されることになりました。
そのため、過去に犯した犯罪歴など、検索結果でお困りの場合であれば、実績豊富な弁護士に速やかに相談することをおすすめします。