スマートフォンの普及により、近年社会問題になっている「歩きスマホ」。
いけないとは思いながらも、地図やアプリを見ながらついつい自分も歩きスマホをしてしまう……という方も多いのではないでしょうか。
でも、実はその歩きスマホ、とても危険なんです!
交通事故に巻き込まれて自分が怪我をしてしまうというだけでなく、事故相手に損害を与え、刑事責任を問われるとともに多額の損害賠償を請求されてしまう……なんていう可能性も。
「交通事故では歩行者は常に被害者で、刑事事件の被告人になることなんてありえない」
そう考える人は少なくないでしょう。
しかし、必ずしもそうとは限らないのです。
今回は、バイクと歩行者の衝突事故で、歩行者が罰せられた事例を前半にご紹介します。
バイクと歩行者の交通事故の場合、歩行者が重い罪に問われてしまう場合があるのか?
歩きスマホの事例ではありませんが、まずはこちらの歩行者の責任が問われた事例をじっくりお読み下さい。
こんな疑問にお答えします
Q.歩きスマホで事故を起こしたら、歩行者が罪に問われることはあるの?
A.可能性があります。歩行者が安全を確認する注意義務があったにも関わらず注意義務違反があった場合は、過失が認められて刑事責任に問われることがあります。刑事責任以外にも、民事責任に問われる可能性があります。交通事故トラブルが起きたら、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
Aさんの事例
意中の相手との念願の初デートの日、仕事の都合で約束の時間を1時間も遅れて会社を出ることになったAさんは、急いで待ち合わせ場所の喫茶店に向かっていました。
大通りを挟んで、その正面に約束の店が見えましたが、横断歩道のある交差点はそこから約50メートルほど歩いた先にありました。
約束の時間に大幅に遅刻して冷静さを欠いていたAさんは、「目的地はすぐ目の前にあるのに、信号待ちをしていると、意中の相手をさらに待たせてしまう 」と考えました。
そこで、 なんとAさんは、片側三車線の通りの手前側が渋滞していて車がまったく動いていないことをいいことに、中央分離帯にある「歩行者横断禁止」の標識を無視して、止まった車の間を縫うように通りを渡り始めたのです。
事件は、Aさんが高さ1メートルの中央分離帯を越えたところで起きました。
気が急いていたAさんは、反対側の車線にバイクが走ってきたことに気付かず、道路に飛び降りてしまったのです。
Aさんとバイクは衝突し、Aさんは転んで足の骨を折る大怪我をしました。
そして不運なことに、バイクに乗っていたBさんは、Aさんを避ける間もなく衝突・転倒し、全身打撲で亡くなってしまったのです。
歩行者だったAさんは、罪に問われることに
交通事故でバイクと衝突し、自らも怪我をした歩行者のAさん。
警察は、そんなAさんを重過失致死の容疑で書類送検しました。
事故を捜査した警察は、歩行者横断禁止の標識を無視して大通りを横断したAさんに、より重い過失と原因があると判断したのです。
そして、裁判所も「歩行者の側に安全を確認する注意義務を怠った重大な過失がある」と判断して、Aさんに罰金40万円の略式命令を言い渡しました。
さらにAさんは、死亡したBさんの遺族から、多額の損害賠償を求める民事裁判を起こされました。
歩行者だったAさんは、自分はあくまでも事故の被害者であると思っていました。
しかし、Bさんが亡くなったこと、そして、重過失致死罪の 刑事被告人となったことにより、事の重大さに気が付くこととなったのです。
重過失致死罪とは
Aさんが罪に問われることとなった重過失致死罪とは、どのようなものでしょうか。
重過失致死罪は、刑法第210条に規定されている過失致死罪の特別類型の一つとされています。
過失致死罪 は、過失により人を死亡させた場合に成立し、50万円以下の罰金が科せられます。
第210 条
過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。
過失とは、不注意等により法律上の注意義務に違反することをいいます。
そして、この過失が重大である(=重過失)と認められるときは、刑法第211条後段に規定されている重過失致死罪が成立します。
重過失致死罪は、過失致死罪よりもさらに重く処罰され、法定刑は5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金となります。
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする
重過失とは、わずかな注意さえすれば、容易に違法有害な結果を予見することができるのに、漫然とこれを見逃したり、著しく注意が欠けたりしている状態を意味します。
どのような場合が重過失に当たるかは、具体的な事案や社会通念に照らして判断されます。
今回のAさんの事例では、事故現場から50メートルほどの場所に横断歩道のある交差点があるにも関わらず、Aさんが標識を無視して横断禁止の道路を横断した こと、事故はAさんが中央分離帯の高さ1メートルの鉄棚を越えたところで起きていることを考慮して、歩行者のAさんの方がバイクのBさんよりも事故の責任がより重いと判断されました。
そして、少し確認をすれば事故を防げたであろうことから、Aさんには安全を確認する注意義務があったにも関わらずこれを怠った注意義務違反があったとして重大な過失が認められ、その結果、Aさんは重過失致死罪に問われることとなったのです。
Aさんには、不法行為による損害賠償責任が認められる可能性も
さらに今回のAさんは、Bさんの遺族から多額の損害賠償を求める民事裁判を起こされています。
Aさんの過失が大きいと考えられるため 、不法行為による損害賠償責任が認められ 、Aさんは慰謝料等の損害賠償を命じられる可能性が高いでしょう。
また、Bさんは死亡してしまっているため、慰謝料や逸失利益(本来生きていれば得られたであろう利益で、一般的には収入を基準に判断します)が高額になることが見込まれます。
第709 条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
では、歩きスマホで事故を起こしてしまった場合はどうなる?
交通事故の際、歩行者は必ずしも被害者となるわけではないことはわかっていただけたと思います。
では、歩きスマホで事故を起こしたらどうなるのでしょうか?
まず、東京消防庁によれば、同庁管内において、平成22年から平成27年までの5年間で、歩きながらや自転車に乗りながらのスマホなどによる事故で152人が救急搬送されたとされています。
平成26年は31人でしたが、平成27年は42人となり増加傾向にあります。
歩きスマホについては、まだ裁判例が少ない状況です。
後半の事例として、歩きスマホをしていた歩行者が「被害者」のケースの裁判例(福岡地判平成26年1月15日)をご紹介します。
この事故は、歩行者がスマホを操作しながら歩いていたところ、自転車が歩行者の直前で左折したによって発生したというものです。
裁判所は、
①歩道上を自転車に乗って通行中、対向方向から歩いてくる歩行者の直前で左折したことにより事故が起きたこと、自転車が歩行者を認識したときに2.8メートルしか距離がなかったこと等から、事故の主な原因は歩行者の直前で無理な左折をした「自転車側」にあるとしました。
しかし、
②歩道上の歩行者でも、周囲の安全を確認しながら通行すべきなのは当然であり、また、周辺道路の状況から自転車が歩道上を走行すること自体が違法であるともいえないから、「携帯電話の操作に集中していた歩行者」にも前方不注意の過失があった。
として、結果的に、歩行者に1割の過失を認めました。
この裁判例では、自転車の運転の仕方に問題があるとされたため(上記①)、歩きスマホをしていた歩行者の過失は1割にとどまりましたが、歩道上だからといっても安心はできません。
先程述べたように、歩きスマホの事故が多くなっていることから、事故の態様によっては、歩きスマホが原因で、前半にご紹介したAさんの事例のように、歩行者に大きな過失が認定されることも十分に考えられます。
また、車との事故の場合、車がドライブレコーダーを設置していて歩きスマホをしているところが映り込んでいた場合には、確たる証拠が存在することになりますから(被害者や加害者の証言よりも映像の方が証拠としては強力です)、歩行者に過失ありと判断される可能性が高くなります。
今後、歩きスマホをしていて、かつ、加害者であるという裁判例も出てくると思いますが、ご自身がその裁判例の当事者にならないように注意が必要です。
歩きスマホに関する法律はあるの?
歩きスマホによる事故が増えていることが分かりましたが、歩きスマホ自体を取り締まる法律は現在のところありません。
しかし、歩きスマホによって事故が発生し、相手を負傷・死傷させた場合は処罰を受けることがあります。
法律で禁じられていないから歩きスマホをしても問題ないだろう、というわけではないのです。「自分は大丈夫だろう」という安易な気持ちが、人の命を奪う事故につながるということを理解しなければなりません。
歩きスマホで相手をケガさせた際に問われる罪
先ほどご紹介した裁判事例にもあるとおり、事故によっては大きな過失が認定されるケースもあります。
では、歩きスマホで事故を起こして相手にケガを負わせた場合、どのような罪に問われる可能性があるのかみていきましょう。
刑事責任
歩きスマホで事故を起こして相手にケガを負わせた場合は、刑事責任に問われる可能性があります。
問われる可能性のある刑事責任は、以下のとおりです。
刑事責任 | 概要 | 刑罰 |
---|---|---|
過失傷害罪 | 歩きスマホが原因で相手を負傷させた場合 | 30万円以下の罰金または科料 |
過失致死罪 | 歩きスマホが原因で相手を死亡させた場合 | 50万円以下の罰金 |
重過失致死傷罪 | 歩きスマホが原因で重大な事故を起こしてしまった場合 | 5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金 |
歩きスマホによる事故は不注意によるものが多いでしょう。しかし、故意に相手を傷つけるつもりがなかったとしても、刑法の規定で処罰を受けることになります。
民事責任
歩きスマホは、民事責任にも問われることがあります。
歩きスマホで過失が認められた場合は、不法行為による損害賠償責任を負うことになるでしょう。
不法行為による損害賠償は、以下のように民法で定められています。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
引用:e-Gov法令検索
歩きスマホによる事故で被害を受けた相手から、損害賠償を求められる可能性があるということを理解しておきましょう。
交通事故に遭った場合は、弁護士に相談を
一般的に、交通事故の際には歩行者は被害者となる場合が多いことは確かです。
仮に歩行者側に過失があったとしても、事故の相手方に治療費や慰謝料等の損害賠償を請求する際に、そのうちの何割かが過失相殺されて減額されるというだけのことも多いでしょう。
しかし、前半にご紹介したAさんの事例のように、歩行者側に重大な過失があると認められる場合には、歩行者であっても重過失致死罪等に問われて刑事責任を負うことになるとともに、民事訴訟においても慰謝料等の多額の損害賠償が命じられる可能性があるのです。
また、後半にご紹介した歩きスマホの事例のように、歩きスマホによる前方不注意による過失が認められるケースも出てきています。
つまり、前半の事例と後半の事例を合わせて考えれば、歩行者が歩きスマホによって交通事故の加害者になった場合も、刑事責任だけでなく、民事訴訟においても多額の損賠賠償が命じられる可能性があるということです。
過失があるかどうか、過失割合がどれくらいかの判断は、過去の裁判例等を基準としながらそれぞれの事例によって個別具体的に判断されるため、一概に判断することはできません。
また、非常に高度で専門的な知識が必要となるため、素人が判断することはかなり難しいといえるでしょう。
交通事故に遭った際は、すぐに保険会社に連絡するとともに、頼れる弁護士に相談するのが望ましいでしょう。
まとめ
いけないとは分かっていながらも、ついついやってしまう歩きスマホ。
でも、それはとても危険な行為なのです。
歩きスマホをしていると、視界が狭まり注意力も散漫になるため、交通事故に遭う可能性は格段に高くなります。
そして、自分が怪我をしてしまうというだけでなく、事故相手に損害を与え、場合によっては刑事責任や損害賠償責任を負うことになる恐れもあるのです。
何気なくしていた歩きスマホが、思いがけず人生を狂わせてしまうということもあるのです。
歩きスマホには、御用心。
もし、歩きスマホによる事故を起こしてしまった場合は、まずは相手の救護を優先しましょう。そして、早めに交通事故トラブルに強い弁護士へ相談するようにしましょう。
弁護士費用に不安のある方は、弁護士保険の利用を視野に入れましょう。
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記事を振り返ってのQ&A
A.可能性があります。歩行者が安全を確認する注意義務があったにも関わらず注意義務違反があった場合は、過失が認められて刑事責任に問われることがあります。刑事責任以外にも、民事責任に問われる可能性があります。
Q.歩きスマホで事故を起こした場合も、法的責任が発生する?
A.発生する可能性があります。歩きスマホによる事故は不注意によるものが多いでしょう。しかし、故意に相手を傷つけるつもりがなかったとしても、刑法の規定で処罰を受けることになります。民事責任についても同様です。