裁判官は意外とペラペラしゃべる!驚きと感動の「お言葉」20選

 


長嶺 超輝

この記事の執筆者

長嶺 超輝(司法ジャーナリスト)

裁判官あなたは、裁判官のことをどれだけご存知でしょうか。
普通に生活している私たちが、裁判官と接するチャンスは、極めて限られています。

せいぜい、大きな裁判のニュースで、無表情で身動きしない裁判官の映像(静止画像)を見かけるぐらいでしょうか。

しかし、実際には、法廷で審理に関わる裁判官は、人によって、かなり積極的にしゃべる場面も少なくありません。

この記事では、実際にあった裁判官の貴重な発言をご紹介します。

第1部-ぶっちゃけましたね、裁判官っ!

娘にわいせつな行為をさせた男への強烈な一撃

(横浜家庭裁判所 横須賀支部 某裁判官)2005年5月25日発言

被告人は、あろうことか7歳になる長女に、わいせつな行為をさせ、その様子を携帯電話で十数回にわたり撮影し、画像をネット経由で知人に送ったというのです。れっきとした児童虐待です。

そのような酷いことを父親に強制された娘の心の傷は、将来にわたって深く残るはずです。画像がいったんデータとして流出したら、後で食い止められなくなり、取り返しが付かなくなるおそれもあります。

「変態を通り越して、ど変態だ。普通の父親では絶対考えられない、人間失格の行為。」

裁判官に「ど変態だ!」と厳しく喝破された被告人は、「ひどいことをしたと思っています」と、恐縮ぎみに述べました。

判決には執行猶予が付けられています。本来は実刑が当然だけれども、仮に父親が刑務所入りしたならば、これから長女が健全に育っていくのに、よくない影響が及ぼされるおそれがあると判断されたのです。

寛大な判決を出そうとするとき、事前に厳しい言葉で叱りつける裁判官は少なくありません。その両面が一種のバランス感覚として作用し、審理全体で反省を促す効果が期待できることもあるでしょう。

被告人の反省に対しては、こんな発言もあります。

犯罪を指南!?つい出てしまった本音

(静岡地方裁判所 某裁判官)

逮捕されて刑務所に入りたいがために、国の重要文化財である神社の拝殿に火を付けてしまい、放火の罪に問われた男に対して発せられた「お言葉」。

「刑務所に入りたいのなら、窃盗とか他にも・・・」

残念な現実ですが、将来に絶望をして「刑務所で生活する」ことを目的に犯罪を犯す人がいます。

仕事や住む場所を失ってしまい、助けてくれたはずの家族や友人にも見放され、途方に暮れての犯行です。

刑務所に入れば、厚生労働省の基準に沿った、健康に配慮された食事が「上げ膳据え膳」で出てきますし、雨露をしのげる寝床もあります。医療費はタダ。

「刑罰の役割って何だっけ?」とも考えさせられます。

しかし、刑務所も考えようによっては、いざというときに守ってくれる「最後のセーフティネット」といえるかもしれません。

現在の刑務所は、仕事に就けず、身寄りもない人々のたまり場になっている側面もあります。いったん転落したら他人に助けを求めづらく、何かと生きづらい現代社会の中で、一種のオアシスになってしまうのは皮肉なことです。

ただ、刑務所に入ることを「志願」して犯罪をおかすとしても、せいぜい、スーパーやコンビニなどでの万引きぐらいにとどまります。

まさか、重要文化財への放火のように、後で取り返しの付かない、社会的な影響が大きな罪を犯すとは思わなかったのでしょう。それで裁判官もつい、まるで犯罪を指南するかのような失言をしてしまったのかもしれません。

裁判長!被告人の自殺を諭すのですか?

(さいたま地裁 下山保男裁判長) 2005年8月26日発言 〔当時58歳〕

ある男が、自宅アパートの一室にプロパンガスを充満させて、そのまま部屋で就寝して自殺を図ろうとしました。しかし、静電気によってガスに引火して火災が起き、男性1人が死亡してしまったのです。

「自殺の手法は、いろいろあるよね。首をつることは?」

そんな「誰も得しない事件」に関する審理の中で、下山裁判官から被告人へ投げかけられた質問です。

自殺を図った挙げ句、他人を巻き込んで自分は助かったという顛末には、確かに憤りを感じます。

ただ「首をつることはなかったのですか?」などと問いかけるのは、明らかに配慮に欠けていると批判されても仕方ないでしょう。

他人に迷惑さえかけなければ自殺して構わない、との趣旨とも受け取られかねません。

裁判官は印象的な発言によって、被告人に「感銘」を与えることはあります。それでも、発言に一定の品位は保たなければならないのでしょう。

さっさと和解せんかい!

(長野地方裁判所 飯田支部 樋口隆明裁判官) 2011年8月発言〔当時56歳〕

自動車会社が男性を相手に損害賠償を求めて訴えた民事裁判の中での発言です。

「あなたの審理が終わらないので、上司から怒られている。左遷の話まで出ている」

審理に1年ほどかかっていた段階で、このようなプレッシャーをかけて、和解を「催促」された形となります。

確かに、より多くの事件をスピーディーに処理できる裁判官ほど、最高裁の人事局から優秀だと評価されて、出世しやすくなる傾向はあります。

とはいえ、「俺が怒られてるから、さっさと終わらせないか」と、審理の終結を露骨に誘導するのはまずいでしょう。

当事者がお互いに話し合い、納得のいく解決を目指し、裁判所はあくまで「サポート役」に回るのが、民事裁判の本来の役割なのです。

しかし、この裁判では「サポート役」という立場を超えて、裁判官の都合を押しつけてこられたのは、非常に残念なことです。

この樋口裁判官の発言が違法だとして、男性は国家賠償を求める裁判を起こしました。

飯田支部の別の裁判官(樋口裁判官の後輩)は、その違法性を認定し、3万円の慰謝料を男性に支払うよう、国に命じています。

あなたたちは犬のうんこ以下です

(水戸家庭裁判所下妻支部 某裁判官)

暴走族のメンバーだった15歳の少年が、他のメンバーから約1時間にわたり、殴る蹴るの暴行を延々と受けて、ついに死亡してしまいました。

亡くなった少年は、ただ暴走族から抜け出そうとしただけです。足を洗おうとしただけなのです。

そんな痛ましい事件を裁く裁判で、裁判官から出てきた非常に厳しい発言でした。

「犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか」

この発言に対して、当時の世論は賛否まっぷたつに分かれました。

たしかに、少年に対する叱責としてはふさわしくなく、品性に欠けており「裁判官失格だ」という評価もありました。

しかし、毒をもって毒を制しようとする、勇気ある発言として「よくぞ言ってくれた」との賞賛があったのも確かです。

毒をもって、毒を制そうとした説諭は、他にもあります。

死んでほしいです

(福岡地方裁判所 岡部豪裁判長) 2013年9月13日発言 〔当時47歳〕

「遺族は死刑を求めた。私たちも死んでほしいと思っている」

一見すると、ギョッとさせられて、「こんなこと言っていいの?」と思いたくなる発言です。

ただし、直後に岡部裁判長は「生物的な意味ではなく、人格的な意味で、もう一度生まれ変わってほしいという意味です」と付け加えました。

これは、女性を殺害した男に対する裁判員裁判で、懲役30年の求刑に対し、懲役24年の判決が言い渡されたときの「お言葉」でした。

被告人の男は、妻に対してDV(家庭内暴力)を繰り返していました。それを気の毒に思い、妻の友人は、自宅にかくまっていたのです。

ただ、不幸なことに、妻を取り返そうとして、男は妻の友人を殺害しました。

動機としては、あまりにも身勝手で、同情の余地はありません。

しかし、男の心に少し響き、揺り動かす言葉はないかと、裁判員と裁判官で話し合った結果、導き出された「死んでほしい」発言なのでしょう。

DVを防止するためには、周囲での助け合いも重要です。

しかし、そのような個人の取り組みだけでは限界があります。本件のように感情的にエスカレートしてしまう危険もあるからです。

「大げさなことにしたくない」と考えず、配偶者暴力相談支援センターなど、公的機関に持ちかけ、勇気を出して頼ることも重要です。

第2部-個人的な価値観、そして本音も見え隠れ

嘆願書で刑は軽くなる?

(福岡地方裁判所 平島正道裁判官)2005年7月27日発言 〔当時42歳〕

嘆願書とは、担当裁判官にあてて、「被告人の刑を軽くしてください」といった、判決内容への願いを書いた書面で、弁護人から提出されます。

情状酌量によって、刑罰を軽くするかどうかを裁判官が検討するための資料です。

被告人の身内や親友、あるいは被害者本人が書いた減刑嘆願書ならば、情状酌量に影響するかもしれません。しかし、たいていは裁判官から冷たい扱いをされがちです。

この裁判では、大麻密売の罪に問われた被告人について、寛大な処分を求める嘆願書305名分が弁護人から提出されています。ただ、嘆願書は数多く集まればいいわけではありません。

「嘆願書がある人とない人で、刑に差を付けていいと思いますか」

被告人のことをそれほど深く知らない間柄なのに、寛大な処分を求めているように見える嘆願書が大半なら、むしろ逆効果かもしれません。

平島裁判官は、「嘆願書の有無で、刑罰に差を付けてもいいのでしょうか?」と、被告人に問いかけた後、「あなたは、あなたがやったことで判断される。そこが裁判所のキツいところです」とも付け加えています。

発達障害は言い訳になるのか

(東京高等裁判所 矢村宏裁判長)2010年4月26日発言〔当時62歳〕

JR東京駅のホームで、女性を背後から線路へ突き落とし、ケガを負わせたとして、殺人未遂の罪に問われた20代の男を裁く控訴審(第二審)での出来事です。

犯行動機は「就職活動が上手くいかず、障害者雇用枠で就職してはどうかと母親に勧められて、プライドが許せなくなり、ムシャクシャして、無差別殺人を起こして死刑になるしかない」と考えた点だと認定されました。実際に精神鑑定によって、被告人は「広汎性発達障害」と診断されています。

地裁の裁判員裁判で出された懲役9年の判決を支持して、矢村裁判官がひとこと、被告人に声をかけました。

「発達障害は、だめな人じゃない。障害とうまく付き合う方法を考えてください。
ノーベル賞を取った人だっている。自信を持っていいんだ」

就職活動が上手く行かないからといって、殺人を正当化できるわけではありませんし、発達障害との関係もありません。
男の考えや行動は決して許されませんが、この事件が発達障害に対する偏見に繋がることもあってはなりません。

たしかに、発達障害は能力に偏りがあったり、こだわりが強すぎたりするために、普通の人が当たり前にできる仕事が苦手な面もあります。

しかし、現代日本社会の「普通」に当てはまらないだけなので、そうではない領域で自分の居場所が見つかる可能性は十分にあります。

裁判官による禁句命令。その言葉とは?

(福島地方裁判所 加藤亮裁判官) 2012年8月17日発言 〔当時51歳〕

東日本大震災に付け込んだ犯罪について現地取材をしていたとき、この発言が行われた法廷に立ち合いました。

2011年4月、事故を起こした福島第一原発の半径20キロ圏内、無人となった「警戒区域」で、空き家から金品を盗んだ男2人組に対する被告人質問での出来事です。

検察官や弁護人が繰り返し、犯行動機を問いただしているにもかかわらず、2人は「自分の甘さだと思います」と答えるばかり。

自分のやったことに真剣に向き合おうとしない態度に、加藤判事の苛立ちが、冷静な口調で示されました。

「さっきから『自分の甘さ』ばっかり言ってるけど、その言葉、禁句にしようか」

福島の住民の不幸に乗じた悪質な「火事場泥棒」を、「考えの甘さ」だけで片付けられては、たまったものではありません。

ただ、自己表現が苦手な2人なのでしょう。考えの甘さ以外では「お金が欲しかった」という当たり前の動機しか話に出てきません。ただ、1人では歩けない非情な道も、2人で歩けば怖くないとの集団心理も働いていたに違いありません。

地震大国の日本では、将来またどこかで大震災が起きることを覚悟しながら準備しなければなりません。

まずは自分や家族の身を守ることを最優先にしながら、災害に乗じた犯罪に対する警戒や対策も講じる必要があります。

痴漢冤罪裁判での裁判官よるマナー講座

(東京高等裁判所 白木勇裁判長)2006年4月14日発言 〔当時61歳〕


現在は最高裁判所の判事に出世している、白木裁判官の発言です。
痴漢の罪に問われた被告人に対して、疑わしきは罰せずの鉄則を適用し、一審の有罪判決(罰金刑)を取り消す、逆転の無罪判決を言い渡しました。

「女性が下半身に何かが触れたのを痴漢だと思い込んだ、勘違いの可能性がある」ために、「犯罪の証明がない」との理由でした。

説諭ではこんなお言葉も。

「電車の中では、女性と離れて立つのがマナーです」

痴漢の疑いを掛けられたのは、39歳の会社員男性。通勤途中に突然、「痴漢、やめてください!」と、22歳の女性に腕を掴まれました。

JR中央線は朝夕の通勤ラッシュ時に痴漢が多発する路線として知られています。

ただ、「満員電車に乗っていれば、女性と離れたくても離れられないこともあるじゃないか」「やっぱり裁判官は世間知らずだ」と言いたくもなるでしょう。

しかし、このときは平日の午前10時30分頃で、乗客数のピークは過ぎ、比較的空いた車内での出来事でした。
異性同士に限らず、不用意に無関係の他人に近づかないのは、マナーであると同意に、トラブル回避策でもあります。
 
他の裁判官も、法廷でこんなオリジナルのアドバイスをしています。

裁判官が伝授!ムラムラしたときの対処法

(横浜地方裁判所 横須賀支部 福島節男裁判官)2003年7月3日発言〔当時53歳〕

電車の中で痴漢をはたらいた42歳の男に対して、犯罪の常習性があるとして、福島半二は実刑判決を言い渡しました。

併せて「ムラムラ」したときの対処法を被告人に伝授してくださいました。

「ムラムラしたら、こぶしを握り、我慢しなさい」

痴漢の常習者だからといって、「われわれの理解を超えている」とばかりに突き放すのではありません。

あくまで「感情をコントロールすることのできる人間」として、同じ土俵の上で向き合ってみせた発言だといえるでしょう。

ムラムラした福島判事が、こぶしを握ってグッと耐えたシチュエーションが過去にあったんだろうか……と想像すると、心がモヤモヤしてきます。

激おこ裁判官、被告人を一蹴

(和歌山家庭裁判所 杉村鎮右裁判官)2008年12月4日発言

中学3年生だった娘に、実の母が売春をさせていたという仰天の事件です。

母親は法廷で、反省の弁を述べました。しかし、「主人とともに人生をやり直したい」と、娘の存在を抜きにして将来を語ったことが、杉村判事の心には引っかかった模様です。

杉村判事は、本件の被害者である娘を「彼女」と呼びました。

「彼女にできることがあるでしょう! あんたたちが遊びに行っている間、売春させられ、弟の面倒も見ていたんだよ!」と、被害者の立場や苦しみを代弁。

さらに付け加えて、母親の態度を厳しく次のように問いただしました。

「おれを『彼女』だと思って話しできないのかよ。すごいひどいことをしたんだろ!」

徳島地裁時代の杉村判事の裁判を傍聴したことがありますが、十分な反省が感じられる被告人については、終始一貫してあっさり淡々と進める印象です。

しかし、犯行が特に悪質だったり、被害者のことに配慮しない言動がみられたりすると、声を張り上げて叱る場面があります。

被害者を守るため、被告人の覚醒や立ち直りを促す役割を、あえて演じているのでしょう。

第3部-名言・感動・・・人情あふれる裁判官の一言

「なにわの人情裁判官」からの一言に被告人泣き崩れる

(大阪地方裁判所 杉田宗久裁判官) 2003年10月29日発言 〔当時47歳〕

スーパーで万引きを繰り返していた母親の裁判です。

パートで働きながら、育ち盛りの2人の子どもを抱えていました。

しかも、数年前に家出をした夫の借金まで返済を強いられていたというのですから、精神的に追い詰められていたのでしょう。

この件を裁くことになったのが、「なにわの人情裁判官」として知られる杉田判事だったのは、幸運といえるかもしれません。

この母親に対して杉田判事は、懲役刑に執行猶予を付ける判決を出して、いったん釈放することを認めました。

日常生活の中で反省を深めるべきだとした判断です。

さらに、母親が退廷するとき、一段高い裁判官席から身を乗り出し、被告人の手を握りながら次のように優しく声をかけ、励ましています。

「もうやったらあかんで。がんばりや」

そのとき母親は、その場にしゃがみこみ、泣き崩れました。

杉田判事は、被告人に優しく接するだけではありません。犯行態様が悪質で、法廷での反省が感じられなければ、厳しく叱りつけることもありました。

しかし、残念ながら2013年に、57歳の若さで亡くなっています。法曹界は、惜しい人を失いました。

国をも動かした「選挙権」を巡る裁判にて

(東京地方裁判所 定塚誠裁判長)2013年3月14日発言〔当時55歳〕


選挙権を剥奪されたことが憲法に反すると、ある女性が訴えを起こした裁判です。

女性はダウン症にかかっていました。成人して以降、雑貨のラベル貼りなどの仕事を続けながらも、政治のニュースに興味を持って選挙での投票を続けてきたといいます。

ただ、お金の計算などで負担がかからないようにと、両親は娘に、財産を管理する成年後見人を付けたのです。

当時の公職選挙法は、成年後見の付いた有権者は選挙権を失うと定めていたために、問題となりました。

この裁判で、「(原告に)選挙で投票できる地位にあることを確認する」という判決主文が読み上げられると、傍聴席にいる支援者たちから拍手が湧きました。

そして、最後にこう語りかけました。

「どうぞ選挙権を行使して、社会に参加してください。どうぞ胸を張って、いい人生を生きてください」

この判決をきっかけとして、国会で公職選挙法が改正され、成年後見を受けている国民が選挙権が奪われるとの条項が削除されたのです。国を大きく動かした裁判でした。

しかし、社会に大きな影響をおよぼすことだけが、裁判所の役割ではありません。小さいけれども、かけがえのない「家族」という単位にも影響を及ぼします。

ぐずる赤ん坊と妻を証言台に呼び寄せ・・・

(釧路地方裁判所 帯広支部 渡邉和義裁判官) 1996年発言 〔当時35歳〕

日頃のストレスやプレッシャーが高まって、そこから逃れようとして、覚せい剤を使用してしまった男の裁判です。

傍聴席の最前列には妻が座って、裁判の動向を見守っています。その膝の上には生後6カ月の長男が腰かけていました。

しかし、長男がむずがり、今にも泣き出しそうになっています。そのため、妻は長男をあやすため、法廷外の廊下に出ていました。

法廷で裁きを受ける体験そのものが、犯罪からの立ち直りを促す力を、裁判の「感銘力」と呼びます。

渡邉裁判官は、少しでも被告人に、父として、夫としての自覚を促す「感銘」を及ぼそうとしたのでしょう。廷吏(裁判所事務官)に指示をして、特別に妻を法廷の中へ呼び寄せ、こう言いました。

「今、この場で子どもを抱きなさい」

証言台に立つ夫の隣に妻を立たせ、その腕に長男を抱かせました。

長男の姿を見るのは1カ月ぶりのこと。わずかな期間にも成長を実感したのでしょう。被告人はそのままの姿勢で涙ぐみ、じっと動けなくなったといいます。

家族からの支えを、被告人に実感させるのに、法廷以上の「舞台」はありません。

息子の欠点ばかりを並べる被告人への質問

(横浜地方裁判所 香川礼子裁判官)2010年10月7日発言 〔当時40歳〕

11歳の長男を木刀で殴りつけて、ケガを負わせる虐待を行った父親とその交際女性の2人に関する裁判です。

被告人質問の手続きの中で、香川裁判官が問いかけたひとことでした。

被告人質問はふつう、被告人の話と、裁判の証拠との間で、食い違いがないかどうかを確認したり、証拠でわからない事実を掘り下げたりするために行われます。

しかし、今回の裁判官の質問は、ちょっと性質が違うように思います。

父親は息子の欠点ばかりを並べたてて、自分の虐待行為を正当化しようとする発言を繰り返していました。その様子を香川裁判官は見過ごせなかったのでしょう。

「お子さんの良いところを3つ言ってください」

虐待した息子の「良いところ」を口に出して言わせることで、反省をより深めようとする質問を行ったのです。裁判官の中にはそのように「感銘力」を意識した質問を積極的に行う方もいます。

記憶喪失の万引き犯に対しての温情判決

(京都地方裁判所 東尾龍一裁判官)2007年4月25日発言〔当時55歳〕

登山中に突然、記憶喪失となってしまった男の裁判です。

数か月間もさまよい、空腹をしのぐために食品などを万引きしていた氏名不詳の男に、東尾判事は、罰金15万円の判決を言い渡しました。

ただし、判決が出るまでの間、逮捕されて牢屋に閉じ込められていた期間について、1日につき1万円の労役を終えたものと扱うことができます。その期間が15日以上あることから、東尾判事は罰金と相殺して、実質的に「罰金なし」の処分としたのです。

「困ったときは、私に会いに来てもいい。そのときは、裁判官としてできるだけのことをしたいと思います」

その万引きは、スリルを味わうためでなく、生きのびるための必要性に差し迫っての行動でした。そこで特別に温情をかけたのでしょう。

被告人の氏名が「不詳」のままで進んでいった裁判は、他にもあります。

名無しの権兵衛の被告人への率直な一言

(大阪地方裁判所 小野寺健太裁判官)2014年6月10日発言 〔当時34歳〕

スーパーでの万引きで現行犯逮捕されたものの、「家族に迷惑がかかる」との理由で、ずっと氏名を名乗らないままで裁判を受けた、推定60~70代の男がいました。

その彼に、小野寺裁判官が罰金20万円の判決を言いわたした後に発した、率直なひとことです。

「あなたが誰なのかは、結局最後まで分からなかったけど、今後はこういったことがないように」

刑事手続きで、容疑者・被告人には、言いたくないことを言うように強制されることはない「黙秘権」が認められています。

黙秘権があることによって、被告人が取調べや法廷で話したことは、誰にもコントロールされておらず、その人自身の本心による発言だと認めることができるのです。

ただし、被告人が自分の氏名を黙秘することは、法律上認められていません。

それでも、「絶対に名乗りたくない」と徹底的に抵抗されて、しかも、身分証などで氏名を確認することもできなければ、裁判所は為すすべがありません。

仕方がないので、被告人を留置場での「管理番号」で呼ぶこともあります。

裁判官の立場にとっても、黙秘権はいろいろと割り切れない、悩ましいところがあるようです。

「遺体なき強盗殺人」と呼ばれた事件の判決にて

(京都地方裁判所 上垣猛裁判長) 2006年5月12日発言 〔当時56歳〕

52歳の会社員が行方不明になり、その会社員名義のキャッシュカードで現金300万円を引き出したとして、窃盗の容疑で被告人が逮捕されました。

やがて、会社員のマイカーから、会社員のDNA型と一致した肋骨の一部が発見されたため、窃盗より遥かに重い「強盗殺人」に、容疑が切り替わったのです。

法廷で黙秘を続けた被告人に無期懲役を言い渡し、こう言いました。

「もし犯人でないのなら、説明してくれればありがたかったとも思います。
たしかに黙秘権は被告人の権利。
だが、あなたの声をもう少し聞いて判断したかった。」

黙秘権がなぜ認められるのか。疑問に思う人がいるでしょう。

裁判制度はそもそも、「被告人の話は、それ単独では信用しない」ことを前提に組み立てられています。

仮に被告人が犯人だとしても、「自分をかばう」のは人として自然な感情です。取調べで警察や検察に強制されて、無理に自白させられてるケースもあります。

被告人の話よりも、もっと客観的で科学的な証拠を大切にするのが、犯罪を裁く刑事裁判の基本なのです。

それにしても、「本人の話を聞かずに裁くのは、気分が悪い」というのも、裁判官の自然な感情でしょう。

父親の登場で減刑!?

(静岡地方裁判所 浜松支部 岩垂正起裁判官)1995年9月26日発言〔当時55歳〕

クルマの中に覚せい剤100グラムを隠し持っていた男の裁判です。

覚せい剤の1回の使用料は、平均で約0.03グラムですから、3000回分以上にも相当するとんでもない所持量です。

おそらく、他人に密売する目的で所持していたのでしょう。

「求刑どおりの判決を言いわたすつもりでしたが、法廷に入るお父さんの姿を見て減刑しました」

情状証人として出廷した父親の、どんな姿を見て裁判官が心を動かされたのか、そこまでは明らかにされていません。

しかし、「家族がいてくれたおかげで、自分の立場が救われた」と、被告人本人が感銘を受ければ、今後の更生にも繋がると期待されます。

まとめ

裁判官による発言の「魅力」は、発言がどのような方向に振れるかわからない点にもあります。

しかし、弁護士の積極的な働きかけによって、裁判官も、より効果的な解決を目指して、事件に向き合おうとします。

つまり、あなたのために働く弁護士の仕事ぶりによって、裁判の行方が有利にも不利にも変化するのです。

法廷での弁護士の説得によって、裁判官の発言が変わることも十分にあります。

今までご紹介した裁判官の感動的な発言、影響力のある言葉も、弁護士の努力や知恵によって引き出された面があるといえるのです。

あなたが関わる裁判が、どの裁判官が担当するかは「運」次第です。しかし、どんな弁護士を味方に付けるかは、ご自身で決めることができます。

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長嶺 超輝(司法ジャーナリスト)
九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)など、著書12冊。NPO法人 企画のたまご屋さんの出版プロデューサーとして、全国の著者志望者の支援活動も続ける。
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