「忘れられる権利」とは?消したいネット上の“黒歴史”について

弁護士費用保険mikataと忘れられる権利


「人の噂も七十五日」という諺があるように、どんなに恥ずかしい失敗や過ちを公衆の面前でしでかしても、長い時間が過ぎた頃には、周りの人々はそんなことがあったことすら忘れてくれるものでした――インターネットが誕生する前までは。

「忘れられる権利」という新しい概念が、いま国際的に注目を集めています。

忘れられる権利(Right to Be Forgotten)とは、インターネット上の個人情報・プライバシーを侵害するような情報や誹謗中傷を削除してもらう権利のことです。

この概念が生まれた背景には、ネット上の掲示板やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での誹謗中傷や名誉毀損・プライバシー侵害による被害が後を絶たないことがあります。

日本でも近年、個人にとって不名誉な情報をネット上の検索結果から削除することを求める訴訟や仮処分申請が増加しています。

今回はソーシャルメディアの発達から生まれた新しい概念を紹介します。

きっかけは一人のフランス人女性の訴えだった

「忘れられる権利」が世界的に注目を集めたきっかけは、2011年11月に検索エンジン最大手の米グーグルを相手取り訴訟を起こしていたとあるフランス人女性が勝訴した、というニュースでした。

若い頃に自ら撮影した彼女のヌード映像が彼女の名前とともにネット上に拡散され、30万を超えるページにコピーされていました。

そこで彼女は、それらのページヘの入り口であるグーグルの検索結果から情報を削除することを求めて訴えを起こし、勝訴を勝ち取ったのです。

これをきっかけにEU(欧州連合)は2012年1月に「一般データ保護規則案」を発表し、その第17条で「忘れられる権利」を初めて明文化しました。

SNSや検索エンジンなどのサービス業者に申請すれば、広く流布してしまった個人情報の削除を求めることが可能になる、というものです。

2014年5月13日には、「自身の不動産が負債のために競売にかけられた」という個人情報を検索結果から削除することを求めてグーグルを訴えていた男性の主張をEU司法裁判所が認める判断を下しました。

先のフランス人女性の例に続いて「忘れられる権利」が認められたケースでした。

日本でも、2006年ごろから現在にかけて、個人にとって不利益を被る情報をネット検索の結果から削除することを求める訴訟や仮処分申請が相次いでいます。

2015年5月には東京地裁が、不正な診療行為による5年以上前の逮捕歴をグーグルの検索結果から削除することを求めていた歯科医の男性の主張を認め、表示を削除するようグーグルに命じる仮処分決定を下しています。

後を絶たないプライバシー侵害や中傷被害

ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアの登場によって、誰もがスマートフォン一つで簡単に情報を発信できる時代になりました。

そこでは情報があっという間に拡散し消費されます。

その結果、後を絶たないネット上での個人に対する誹謗中傷やプライバシー侵害が問題となっています。

過去の交際相手に当時撮影された自分の裸の写真や映像をネット上に拡散される、あるいはそれを利用した脅迫を受ける「リベンジポルノ」の被害はその代表といえるでしょう。

こうした被害を受けた人たちは職場や学校や近隣住民の間で社会的な不利益を受けたり、ひどい精神的苦痛を受けたりします。

日本のネット社会においてもそれは同じです。芸能人のプライベート画像が流出したという話や、ツイッター上で本人が軽いノリで投稿した未成年飲酒を仄めかすつぶやきがあっという間に何千回もリツイートされ、無数の誹謗中傷を受け、いつの間にか名前と住所・学校名・家族構成まで特定され、まとめサイトにアップされた、という話を読者の皆さんはどこかで目にしたことがきっとあると思います。

「忘れられる権利」vs「知る権利」

「忘れられる権利」は、人の要求に基づいて一方的に情報の消去を請求することができる権利です。

「忘れられる権利」が国際的に市民権を得ようとしている中で、これは人々の「知る権利」を侵害するのではないか、という議論があります。

国家の抑圧に対抗する手段として市民やマスメディアが持つ権利である「表現の自由」(日本では憲法21条で保障されている)から派生し、国家やマスメディアが市民にとって重要な情報を寡占する中で認められるようになった新しい権利が「知る権利」です。

つまり、市民は必要な情報の開示を国家などに対して求めることや、または不当に妨げられることなく情報を知ることができる、という権利です。

するとたとえば、更生や再起を望み「過去に自ら犯した軽犯罪による逮捕歴をネットの検索結果から消去したい」と考える人の「忘れられる権利」が、犯罪被害に逢わないために「犯罪被害や犯人に関する情報を知りたい」と望む人々の「知る権利」と対立する、といった状況が想定され得ます。

情報削除の難しい「線引き」

ジャーナリストの津田大介さんは、こうした情報の削除の是非は公益性に資するかどうかで判断されるべきだ、と主張しています。

本来こうした情報の削除を認めるか否かは、裁判の場で個人や組織にとって不都合な情報が公開されていることが社会全体の利益になるか(公益性があるか)で判断される話だ。しかし、「忘れられる権利」で現実に判断を下しているのは裁判所ではなく、グーグルという一企業だ。ヤフーなど同社以外にも検索サービスを提供している企業は存在する。情報が爆発的に増え続けている現状を鑑みれば、今後削除要請が膨大になり、対応に追われた事業者が立ち行かなくなる恐れもある。
引用元:朝日新聞デジタル

上記で津田氏が述べているように、あらゆる削除要請に検索エンジン側が対応することは現実的に困難です。

そこで「どういう類の情報なら削除が許されるか」の線引きが問題になります。

EUの「忘れられる権利」が保障しているのは個人が事業者に対して情報の削除を「請求すること」までであり、現状では実際に削除するかどうかの判断は事業者の裁量に委ねられています。

「一民間企業の裁量によって人々がアクセスできる情報が制限される」という状況が民主主義の観点から好ましいものなのかどうか、という議論もあります。

日本での議論はまだ始まったばかり

日本では「忘れられる権利」の議論は始まったばかりで、法律で明文化されていません。

ネット上の情報削除を求める地裁への仮処分申請が相次いでいますが、地裁の判断はケースバイケースです。

2008年11月には、女性宅への住居侵入を事由とする約1年前の逮捕歴の削除を求めた仮処分申請が却下されました。

一方、2015年6月には約4年前の児童買春行為による逮捕歴を検索結果から削除することを求めていた男性の仮処分申請は認められ、さいたま地裁は米グーグルに対して検索結果の削除を命じました。

さいたま地裁の例は後に男性が正式に提訴し、10月に第1回の口頭弁論が開かれました。

最後に

「忘れられる権利」という新しい概念の出現は、インターネット社会の発達速度に法整備が追いついていない現状を表しているといえるでしょう。

このように、時代の流れに従って流行りも詐欺の種類なども変わってきていることがうかがえます。

法整備をする側もこれらの流れに敏感になる必要があるかもしれません。

今後この新たな権利をめぐって国内外でどのような議論がなされるのか気になるところです。

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