高齢化に伴って、認知症の高齢者による契約トラブルが増えてきています。
認知症と診断された高齢者が売買契約をした場合、それを無効とすることはできるのでしょうか?
契約トラブルを未然に防ぐには、どうすればよいのでしょうか?
今回は、実際にあったAさんの事例(東京地裁、平成25年4月26日)をご紹介します。
Aさんの事例
70歳代のAさんは、2006年1月から2010年7月までの間に、百貨店内のブティックで婦人服など260点(総額約1100万円)を購入しました。
2010年8月、Aさんは、「5年前からアルツハイマー型認知症に罹患している」と診断されました。
認知症の診断を受けて、Aさんの弟Bさんは、ブティックの担当者に対し、Aさんに商品を販売しないよう要請しました。
ブティックの担当者は、この要請について上司に相談しましたが、上司は百貨店のサービス担当者と相談したうえで、Aさんに商品を販売しても構わないと指示しました。
翌月、Aさんはそのブティックでジャケット1着を購入し、代金約8万円を現金で支払いました。
Bさんは、百貨店に対し、Aさんへの商品の販売を止めるよう要請しました。
また、前回ブティックの担当者に対してAさんへの販売を止めるよう要請したにも関わらず、Aさんに商品を販売したことを、百貨店に対して抗議しました。
2011年5月、Aさんに対して成年後見開始の審判がなされ、Bさんが成年後見人に選任されました。
商品代金返還を求め、裁判を起こすことに
Aさんの成年後見人となったBさんは、百貨店に対し、商品代金の返還を求めて裁判を起こしました。
そこでは、Aさんは遅くとも2005年頃にはアルツハイマー型認知症に罹患しており、商品の売買契約は意思無能力の状態で行われたものであることから、当該売買契約は無効であると主張しました。
また、仮にそうでないとしても、Aさんのアルツハイマー型認知症による判断能力の低下を知っていたか知り得る状態であったにも関わらず、販売利益を得るために過剰に婦人服等を販売したブティック担当者の行為は、社会的に許容される相当性を逸脱していることから、当該売買契約は公序良俗に反して無効であると主張しました。
裁判結果
裁判所は、遅くとも2009年8月以降はAさんが意思無能力状態であったと判断できるとして、2009年8月以降のAさんの売買契約は無効であると認めました。
そして、百貨店に対し、2009年8月から2010年7月までの取引を意思無能力により無効とし、合計額約240万円の返還を命じました。
一方で、ブティックの担当者においてAさんがアルツハイマー型認知症によって判断能力が衰えていたという状況を知り得たという証拠はないため、当該売買契約が公序良俗に反するとはいえないと判断しました。
意思能力とは?
今回の判決で問題となった、意思能力・意思無能力とはいったいどういうものなのでしょうか。
まず、意思能力とは、自分が何をしているかということと、その自分の行為の結果としてどうなるのかということを認識できる能力のことを意味します。
そして、この能力を有していない人の状態を、意思無能力といいます。
売買契約などの経済活動の場面では、子供や認知症の人、知的障害・精神障害のある人のように、十分な判断能力を有しない人に対して法的に保護する必要があると考えられています。
このことから、契約などの法的行為には意思能力が必要であるとされており、意思無能力状態で結んだ契約などは無効とされます。
したがって、売買契約を結んだ高齢者が認知症などにより意思無能力状態であると判断された場合、その売買契約は無効となるのです。
ただし、意思能力の有無は、問題となる法律行為の時点で判断されます。
意思無能力状態のため売買契約が無効であると主張するためには、その売買契約の時点での医師の診断書がある等の事情がなければ、意思能力がないことの立証は難しいといえるでしょう。
成年後見制度でトラブルを防ぐ
それでは、契約トラブルを防ぐためにはどうすればよいのでしょうか?
認知症等の高齢者を契約トラブルから守ることのできる制度として、成年後見制度があります。
成年後見制度とは、判断能力が十分でない人に対して、本人の権利を守る援助者である成年後見人を選ぶことで、本人を法律的に支援する制度です。
成年後見人は、家庭裁判所に申し立てることで、家庭裁判所によって選任されます。
本人の親族のほかにも、福祉の専門家などの第三者が選ばれる場合もあります。
また、成年後見人を複数人選ぶことも可能です。
成年後見人として選任された人は、本人を代理して契約などの法律行為をしたり、本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりすることができます。
売買契約についても、日用品の購入や光熱費の支払いなど日常生活に関するもの以外は取り消すことができるようになるので、契約トラブルから身を守るためにも、家族が認知症などにより判断能力が低下してしまった場合は、成年後見制度を活用するとよいでしょう。
公序良俗とは?
今回の事例では、売買契約が公序良俗(こうじょりょうぞく)に違反するか否かも争われました。
公序良俗とは、いったいどういうものなのでしょうか。
民法では、公の秩序又は善良の風俗(=公序良俗)に違反する法律行為は無効とされることが規定されています。
すなわち、社会的に許容される相当性を逸脱した売買契約等は、公序良俗に違反し無効とされるのです。
裁判所は、Aさんに商品の販売をしないでほしいという要請を受けたにも関わらず、商品の販売をしたブティック担当者の行為を「適切であったのか疑問を持たざるを得ない」としながらも、ブティックの担当者はAさんが認知症であることを知り得たという証拠はないため、今回の売買契約を公序良俗違反であるとは認めませんでした。
認知症の高齢者の売買契約が公序良俗違反と認められることは難しいということからも、前述の成年後見制度を活用することが望ましいといえるでしょう。
弁護士に相談しましょう
認知症の高齢者が結んだ契約が無効となるかどうかは契約時点での意思能力の有無が重要となりますが、医師の診断等の証拠が必要となります。
また、意思能力は問題とされる法律行為の種類などで異なり、その有無は個別に判断されるので、意思無能力であることを個人で立証することは困難であるといえるでしょう。
また、どのような証拠や書類が必要なのかも分からないことが多いと思うので、契約トラブルに巻き込まれた場合は、まず弁護士に相談することをおすすめします。
また、成年後見を家庭裁判所に申し立てるにあたっても手間がかかります。
親族間で誰が後見人になるかで対立があったり、必要書類である医師の診断書の取得が難しかったり、という場合も、弁護士に依頼することで解決に向かうケースが多くあります。
信頼できる弁護士に相談して、対策を講じるようにしましょう。
まとめ
身近な高齢者が思いがけないような買い物をしている場合、医師の診断次第で契約を無効にすることができます。
認知症の家族が契約トラブルに巻き込まれた場合、ぜひ弁護士に相談してみましょう。