※この記事は『ワークルール検定問題集』などの著者であり、労働法の研究者である平賀律男氏による寄稿文です。
夏の生活スタイル変革、朝型勤務「ゆう活」をご存知ですか。
現在、政府では、働き方改革の一環として、明るい時間が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう、夏の生活スタイルを変革する新たな国民運動(「夏の生活スタイル変革(ゆう活)」)を展開しています。
具体的には、夏の時期に「朝型勤務」や「フレックスタイム制」などを推進し、夕方早くに職場を出るという生活スタイルに変えていくものであり、それぞれの企業や働く人の実情に応じた自主的な取組を可能な範囲で実施するものです。
長時間労働の解消という効果も期待できるとされています。
実は私も、その日の予定にあわせて、労働時間を1時間前倒しすることがあるのですが、朝の時間帯というのは交通渋滞もなく、また電話等の問合せなどもないので、仕事に集中できて大変気持ちよく一日をスタートさせることができます。
しかし、7時過ぎには家を出ることになるため、NHK朝の連続テレビドラマは観ることができないという大問題があります。
この朝型勤務が仕事と生活にもたらすメリット・デメリット、そして法的な問題点も考えてみましょう。
北海道でのサマータイムの実験
古い話で恐縮ですが、私の住む北海道では、全国に先駆けて10年ほど前から官民一体となって『北海道サマータイム』と称した時差出勤の実験が行われていました。
北海道は高緯度かつ東寄りにあり、夏は日の出が大変早くなるため(夏至のころで比較すると、東京が4時25分であるのに対し、札幌市では3時55分)、そのような実験がしやすい環境にあります。
この実験に先立ち、札幌商工会議所が『北海道サマータイム』実施の効果をまとめて発表していますが、当時、以下の6項目がメリットして想定されていました。
経済波及効果
個人がテレビなど室内の自由時間を、屋外のレジャー活動に振り替えることにより、個人消費が871億円増加し、経済波及効果では1165億円増加する。
交通安全確保・防犯効果
北海道における交通事故と犯罪の発生は、朝よりも夕方の通勤時間帯に集中しており、サマータイムの導入で交通事故と犯罪の減少が予測される。
省エネ効果
家庭や事業所における電力消費等の省エネ効果として、原油換算で4万キロリットル、20.8億円の節約ができる。
北海道のPR効果
札幌証券取引所が世界で一番早く開くことになるなど、北海道のPR効果が期待できる。
教育・意識効果
年2回の時計変更を契機として、ライフスタイルの見直しやエネルギー問題を考える機会が増え関心も高まり、環境教育面やボランティア活動の活発化につながる。
少子化対策
少子化対策として、子育てと仕事が両立する環境づくりが重要。日照のある自由時間の増加によって、仕事優先の価値観も変わり家庭生活重視の環境変化が浸透する。
「北海道サマータイム」はうまくいったの?
北海道庁の職員は、特に省エネの分野について熱心に取り組み、出退勤時刻だけでなく就寝時刻も1時間ずらし、エアコンや電灯などの稼働時間を減らすなどの実践を行いました。
しかし、「従来の生活習慣や生活リズムを変えるのが難しかった」とか、「業務の都合等により帰宅時間があまり変わらなかった」という回答もあり、必ずしもすべての人が時差出勤によるメリットを享受できたわけではなかったようです。
また、退社後の余暇や趣味面での時間活用は、経済効果やワーク・ライフ・バランスの実現に寄与すると想定されていましたが、退社後の時間を有効に活用できたとする実験参加者は全体の4割にとどまり、ここでも生活習慣や業務リズムなどが簡単には変えられないことが大きく影響していました。
さらに、業務などへの影響について、興味深いアンケート結果が出ているので、引用します。
・特に課題や支障はなかった……43パーセント
・寝不足などにより体調が優れなかった……29パーセント
・実質労働時間が増えた……26パーセント
・公共交通機関が少なく、朝の通勤が大変だった……11パーセント
・家庭や職場において周囲との時間のずれによるトラブルが生じた……10パーセント
時差出勤により、実に半数以上の人が、何らかの影響を感じているようでした。
特に、体調面や労働時間への影響は、時差出勤のデメリットとなる部分があぶり出されたかっこうになりました。
働くお母さんにはキツイ?
アベノミクスの「成長戦略」では、「女性が輝く社会」も目標の一つとされています。
しかし、子を持つ親、特に「働くお母さん」にとっては、朝型勤務による影響は大きいと予想されます。
ニュースでも報じられていましたが、ベッドタウンの保育園では、開園時刻を6時台に早めることを真剣に検討しなければならないとのこと。
ただでさえ朝は忙しいのに、さらに慌ただしい朝を迎えることとなりますし、子どもも生活リズムの見直しを迫られ、満足に睡眠や朝食をとれないまま保育園や学校に行く、などという事態を迎えかねません。
朝型勤務を導入することは、会社での働き方だけでなく生活スタイル全体にも影響を与えることにつながります。
保育や教育などについても家族や会社から理解と協力を得られるように、社会全体が変革しなければならないことを見過ごしてはなりません。
法的な問題点
時差出勤や早出残業を行うことには、メリットとデメリットが表裏一体となって存在しているようです。
では、労働者が時差出勤や早出残業を行うことについて、法的にはどのような問題点があるでしょうか。
早出残業であったとしても、使用者の指揮命令があれば残業時間として取り扱われますが、その裏返しとしては、会社の指示がなければ労働者が勝手に早く出勤してくるだけだともいえます。
※関連ページ→「朝の始業前出勤は残業手当の対象になるのか」
そうなると、単なる準備行為とみなされるので、時間外手当が発生しない可能性があります。
また、このような自主的な時差出勤では、1時間早く来たからといって1時間早く帰るわけにもいかず、結局単に労働時間が伸びるだけ、というおそれもあります。
また、会社の指示がないというのは、早出をしても具体的な仕事がない、ということだともいえます。
自分だけでなく周囲の人たちや他の会社までもが朝型勤務を実施しないと、この問題は解決できません。
ただし、多くの会社が導入したらラッシュアワーがずれて、通勤時間に対するメリットがなくなるという問題もあります。
極端に早く出勤した場合はこんな問題も
また、ものすごく早く出勤したケースを考えてみましょう。
午前5時よりも前に会社に来て仕事をしていた労働者がいるとします(実際、朝型勤務が導入された某大手商社でいたそうです)。
北海道ではそんな時間帯には公共交通機関が動いていないのですが、東京などではラッシュを避けるためにこのような極端な時差出勤をすることもありうると思います。
この場合、この労働時間について会社の指揮命令が認められれば、時間外だけでなく深夜割増手当(22時から翌5時まで)の対象になります。
他方で、この労働時間について会社の指揮命令が認められない場合、時間外手当の対象とならないばかりではなく、通勤途中で事故等にに遭った際に「通勤災害」として認められず、労災保険からの給付が受けられないおそれがあります。
行政実務では、就業時間と通勤時間の間隔がおおむね2時間以上開いた場合には、その通勤には就業関連性が認められないため、労災の対象とならないとされており、あまりに早い自主的な時差出勤は、賃金面だけでなく労災の面からも労働者がリスクを負うことになります。
社会構造自体が変化しなければならない
朝型勤務を実効性のあるものにするためには、自主的な取り組みではなく、会社がきちんと制度として取り入れることが最低限の条件だといえます。
また、朝型勤務が社会的に浸透しないと、朝型勤務を実施していない他社との関係で結局長時間労働を余儀なくされるとか、家庭でも個々人の生活リズムがバラバラになってしまうとかいう問題が起こりえます。
朝型勤務が引き起こす影響は職場だけにとどまらないのですから、社会全体で受け止めて解消しなければならない問題だといえます。
欧米では「サマータイム」として、時計の針自体を1時間進めてしまう仕組みが根付いていますが、その欧米でさえ廃止論が根強いという声も聞かれます。
社会全体で取り組むべき仕組みとしては、まだまだ課題は多そうです。
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