以前、未払残業代の金額を算出する方法を説明しましたが、今日はいよいよ内容証明を使った請求の手順を、皆さんと一緒に見ていきたいと思います。
証拠書類を集めよう
未払残業代の計算方法はわかったけど、肝心の勤務時間がわからない……これでは請求のしようがありませんよね。
請求に際して手に入れておいてほしい資料を紹介します。
労働契約書・就業規則(賃金規程)・給与明細
労使間で、労働条件をどのように取り決めているか、まずは確認が必要です。
基本給のほかに1時間あたりの賃金額の算出基礎に含まれる手当はどれか、1か月あたりの所定労働時間は何時間か、休日割増の対象となる法定休日は何曜日かなど、「自分で未払残業代を請求する方法 【計算編】」で紹介したもろもろの数値を、これらの資料から算出します。
なお、労働契約と就業規則で異なった労働条件が定められている場合には、労働者にとって有利なほうが本来適用されるべき労働条件となるんでしたよね。
『「業績の悪化」が理由で減給は正当?給与の不利益変更の合理性とは』の記事も参照してみてください。
タイムカードの写し等
さて、時間額が決まったところで、次は残業等の時間数を集計するための証拠書類を集めます。
残業時間の証明は、そのまま未払残業代の金額に跳ね返ってきますので、ここが最も重要であり、かつ最も難しいところだといえます。
可能であれば、タイムカードや出勤簿、日報等を見て集計するのがベストです。
しかし、過去の書類なんてどこにあるのかわからないし、だからといって会社に直接「タイムカードをコピーさせてくれ」なんてことは言いにくいですよね。
なにより、そんなことを言ったら、こいつ残業代を請求するつもりだと気付かれ、証拠隠滅されるおそれもあります。
基本的には、実際に内容証明郵便等で請求するまでは、会社に証拠集めをしていることを悟られないように気をつけ、内容証明郵便の本文中でタイムカード等の開示を要求するなどという工夫をしましょう。
タイムカードの写し等、客観的な資料が手に入らない場合は、とりあえず何か他の物で代用するしかありません。
代わりになるものとしては、以前の記事「未払い残業代請求の弁護士費用っていくら?実際にシミュレーションしてみました」で、手帳への記録、出退勤時の社内の時計撮影、会社のパソコンからのメールなどを挙げました。
インターネット上で配布されている未払残業代計算の表計算ファイルを、労働時間の記録のために使うのも一石二鳥かもしれません。
注意点としては、自分で記録したものはどうしても証拠能力が低い扱いを受けてしまうので、その都度出退勤時刻を記録する習慣をつけることに加え、残業時の業務内容がわかる物と組み合わせて「私はこの時刻にはここで仕事をしていたんだ」ということの証明を確実にするのが好ましいでしょう。
このあたりは、犯罪捜査のアリバイの立証によく似ているかもしれません。
さあ、会社に請求だ
残業時間数が明らかになり、未払残業代も算出できましたので、次は会社に請求する番です。
まずは内容証明からが無難な理由
ひとくちに請求といっても、口頭、書面、内容証明郵便、裁判手続等、いろいろな方法がありますが、会社に請求したという事実をはっきりさせておくために、ここでは内容証明郵便をおすすめしたいと思います。
内容証明郵便自体には、時効を中断させる以外になにか特別な効力があるわけではありませんが、会社に対する自分の本気度を表すツールとしては有効だろうと私は考えています。
ただし、これはいわば宣戦布告であり、会社との間の対立は決定的なものとなってしまいますので、退職も辞さないという覚悟が必要なのが現実です。
逆にいえば、会社との間で感情の溝を作りたくない場合には、労基署に会社の違反を匿名で申告し、労基署から会社に指導や是正勧告をしてもらうことによって違法状態を解消する程度にとどめるのがいいかもしれません(『未払いの残業代を請求したい!労基署と弁護士のどっちに相談すべき?』も参照してください)。
内容証明郵便をつくる
内容証明郵便を送る方法については、弁保社長の記事『内容証明を弁護士に任せた場合の費用と自分で出す場合の全手順』に詳しく書かれていますので、そちらをご覧いただくこととして、ここでは未払残業代請求にフォーカスした注意点などを述べたいと思います。
インターネット上には、いろいろな未払残業代請求の文例が公開されていますが、これらに共通するのは、「必要なことだけ書き、余計なことは書かない」ということです。
それを踏まえて、私も文案を考えてみました。
②私は、平成○年○月○日に貴社に入社し、現在○○支店○○部○○課に所属する者です。
③私は貴社に対し、平成○年○月○日から同○年○月○日まで、下記のとおりの時間外労働等を提供しましたが、貴社は私に対し、各賃金支払期においてこれらに対する割増賃金を支払っておらず、その金額は計○○○万○○○○円にのぼります。
記
時間外 0000円×000時間00分=000万0000円
休 日 0000円×000時間00分=000万0000円
深 夜 000円×000時間00分= 00万0000円
以上合計 000万0000円
つきましては、④本書面到達後14日以内に、⑤上記未払割増賃金の全額及びこれに対する各賃金支払期の翌日から支払済みまで商事法定利率6パーセントの割合による遅延損害金を、⑥私が給与振込先に指定している預金口座あてに振込送金することによりお支払いください。
⑦支払期限内に上記金員全額の支払いがなされ-ない場合には、労働基準監督署への申告を含むしかるべき法的措置を講ずる予定であることを念のため申し添えます。
①平成○年○月○日
⑧000-0000 ○○県○○市○○町○丁目○番○号
被通知人 株式会社○○ 代表取締役 ○○ ○○ 殿
000-0000 ○○県○○市○○町○丁目○番○号
通知人 ○○ ○○
次に、それぞれの項目の説明です。
①タイトル・日付
なくても大丈夫ですが、記載しておいたほうがよいでしょう。
文書の体裁が整うだけでなく、裁判手続になった際、「平成○年○月○日づけ請求書」というように呼びやすいという実益もあります。
②会社との契約関係
時候の挨拶のようなものは書かず、いきなり本題に入ってかまいません。
労使間で労働契約が締結されていることは、労働者が労務を提供し会社が賃金を支払うことの大前提となります。
いつ入社し、今どういう立場なのかを具体的に書いておきます。
退職済みの場合は、「同○年○月○日に退社した者です」などとします。
③労務の提供、残業代の未払い
労働者が会社に対して時間外労働等をしたのに、会社が労働者に対して割増賃金を支払っていない(支払期日を過ぎている必要があります)という事実を書きます。
内訳は必ず書かなければならないものではありませんが、こちらがちゃんと計算したことを示し、会社側も内容を検証できるように、書いておいたほうがよいと思います。
なお、時間外労働の集計に使った表を印刷したものや、タイムカードなどの証拠書類は、内容証明郵便に同封する必要はありません。
というより、内容証明郵便には、本体の文書以外に何かを同封することができません。
どうしても集計表や証拠書類を送りたいのであれば、内容証明郵便とは別に普通郵便などで送り、本文中にも「証拠書類等は別便にて本日発送しました」などと書いておけばよいでしょう。
④支払期限
支払期限は記載すべきです。
いつまで待つかを決めておかなかった場合、会社側からのレスポンスがないと、いつ次の段階(裁判手続等)に着手してよいのかわからなくなるからです。
この期限は、郵便が会社にいつ届くかは分からない関係から、具体的な年月日ではなく「本書面到達後○日以内」とします。
⑤請求金額
請求の内容を端的に表現します。
未払賃金の合計だけでなく、これに対する遅延損害金も記載しましょう。
遅延損害金は支払日によって金額が変わるので、こちらで計算して記載するものではありません。
遅延損害金の利率は基本的には6パーセント(使用者が商人(会社や個人事業主など)でない場合は5パーセント)ですが、労働者がすでに退職している場合には、退職日の翌日から、賃金支払確保法に定める遅延利息14.6パーセントが適用されます。
⑥支払方法
そして、お金を請求するのですから、支払いの方法を書きましょう。
振込送金の場合でしたら、文例のように書いてもよいですし、具体的に金融機関の口座番号を記載するのもありでしょう。
⑦支払われなかった場合
単に「お支払いください」だけでは、いまひとつパンチに欠けますので、期限までに支払われなかったら次はこういう手段をとります、ということを書きます。
当たり前のことですが、お金が支払われないからといって何をやってもいいわけではないので、「マスコミに流す」とか「家族がどうなっても知らない」とか、脅迫めいたことは書いてはいけません。
腹は立つでしょうが、心を落ち着けて、裁判手続を利用するとか労基署に申告するとかいう正当な行為をとるつもりであると書きましょう。
⑧通知人・被通知人
文例では「通知人」「被通知人」とつけていますが、「差出人」「受取人」としてもいいですし、または肩書きをつけなくてもかまいません。
なお、封筒と本文中とでは、住所氏名の記載は一致させておく必要があります。
よく、本文中には代表者の名前まで記載してあるのに、封筒の宛名では「株式会社○○」としか記載していないケースがありますが、それでは郵便局で封筒を書き直しさせられることになりますので、特に注意してください。
内容証明を出す際はハンコをお忘れなく
また、郵便を差し出す際にはハンコを持っていくのを忘れずに。
どんなハンコでもかまいませんが、通知人氏名の後ろに押印した場合はそれを持参します。
訂正印や契印として使用するかもしれないため、必要になるのです。(契印とは、文書が複数枚になったとき、各頁にまたがって押すハンコのことです。割印みたいですが割印とは呼びません)
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