※この記事は『ワークルール検定問題集』などの著者であり、労働法の研究者である平賀律男氏による寄稿文です。
・サービス残業が多すぎてもうイヤだ
・会社がいつまでたっても昇進させてくれない
・とにかく部長が嫌いで一緒にやっていけない
・実は他の会社からいい話が来ている
・こんな会社辞めてやろうと思って、机の引出しの奧にひそませているこの退職届、いつ上司の机に叩きつけてやろうか……。
それ、ホントに「退職届」でいいの?
今日は、自主的に退職する場合の法的な取扱いについて見てみましょう。
労働契約の終わり方には3種類ある
退職願と退職届の違いを知るには、まず退職(労働契約の終了)のパターンを知らなければなりません。
定年退職や契約期間満了、死亡などの場合を除けば、必ず労働者か会社どちらかの意思によって、労働契約が終了することになります。
退職のパターンを図にまとめてみました。意思表示の矢印に注意して見てください。
①自主退職
労働者が自主的に退職の意思表示をすることを「自主退職」や「辞職」などといいます。
②合意解約
労働者と会社が合意して労働契約を終了することを合意解約といいます。
③解雇
会社から一方的に退職をするように言われることを解雇といいます。
カンのいい方はもうお気づきかもしれません。
「退職届」は労働者の一方的な意思表示なので①の自主退職にあたりますし、退職「願」は労働者から退職に合意してほしいとお願いしていることになるので②の合意解約にあたります。
③解雇は会社からの意思表示なので、退職願も退職届も関係のない話となります。
辞表と退職願、退職届の違いは?
少し話が逸れます。
退職届や退職願のことを俗に「辞表」と呼ぶこともありますが、これは、会社の役員や公務員の場合に用いる言葉です。
間違いとまでは言いませんが、一般的な会社の労働者が用いるには若干違和感のある言葉だといえます。
また、自主退職と合意解約のどちらの意思表示も、ペーパーではなく口頭で行っても有効なのです。
ただし、会社所定の書類か、なければ自作の書類を出すのが一般的でしょう。
どちらも、単なるビジネスマナーの問題なのかもしれませんね。
それでは、話を元に戻して、①の自主退職と②の合意解約は何が違うのかを考えます。
自主退職と合意解約の違い
労働者が自主退職の意思表示を行った場合、つまり退職「届」を会社に提出した場合、会社の代表者や人事部長など権限のある人に到達した時点で効力が発生します。
この「効力が発生する」というのは、もうその時点で撤回ができなくなるということを意味します。
この場合、民法の規定により、原則として意思表示から2週間で辞職の効果が発生します(民法627条1項)。
これはつまり、どんなに慰留されたり、または「考えておく」などと言わたりしていつまでも会社が退職を認めてくれない場合であっても、2週間経てば会社を辞めることができる、ということです。
一方、労働者が合意解約の意思表示を行った場合、つまり退職「願」を会社に提出した場合、会社の代表者や人事部長など権限のある人がそれに合意した時点で効力が発生します。
つまり、退職願の提出は合意解約の「申込み」に過ぎず、会社の責任者の承諾によって合意解約が「成立」するまでは、労働者は合意解約の意思表示を撤回できるのです。
この違いを端的に表現するのならば、自主退職は「会社が何と言おうとオレは絶対に会社を辞める!」という勢いがある一方、合意解約は「会社がいいと言うならオレはこの会社を辞めよう。」と円満な退職を実現しようという気持ちがある、という違いになります。
裁判例でも、「使用者の態度如何に関わらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思表示が客観的に明らかである場合に限り」自主退職の意思表示と考えるべきだとしています。
なお、退職の意思は固まっているけど、穏便に済ませようと思ってとりあえず退職届を提出したが、会社の慰留がしつこくていつまでも承諾してくれない、という場合でも、2週間経てば上の自主退職と同様の効果が発生します。
これらは、いずれも雇用保険上の「自己都合退職」に当たるので、基本給付を受けられるまでに3か月待たなければいけません。
売り言葉に買い言葉
退職願や退職届の提出をするように、労働者の意思がはっきりしている場合はいいのですが、社長や上司との些細ないざこざが大きなトラブルに発展することもあります。
労働者が
と叫んだ場合を考えてみましょう。
この労働者の発言は、辞職の意思表示でしょうか。それとも合意解約の申込みでしょうか。
ふつう、労働者は退職するときに、退職届をたたきつけるトラブル感満載の退職よりも会社の承諾を得て円満に退職するほうがよいと考えるでしょう。
今回のように労働者の意思表示が自主退職か合意解約の申込みかがはっきりしない場合には「合意解約の申込み」のほうにあたると考えるのがよいでしょう。
なぜなら、これを自主退職と考えると撤回ができず、取り返しがつかない状況となってしまいますので、会社の責任者が承諾するまでは意思表示を撤回できる合意解約の申込みと理解するほうが、より慎重な取扱いができるからです。
ただし、労働者が「辞めてやる!」と言ったとしても、その場の雰囲気から感情的になって言ってしまっただけで、本当は辞めるつもりなど全くなかったというケースがあります。
この場合は、単なる口げんかのなかで売り言葉に買い言葉で言ってしまっただけであり、労働者には自主退職や合意解約の申込みをしようという気持ちがあったとはいえないので、退職の効果は発生しません。
翌日、労働者が「昨日はすみませんでした」と出勤したら、まず間違いなく社長に「君は辞めたんじゃなかったのかね」などとイヤミを言われるでしょうが、とにかく平謝りして会社の業務に戻してもらいましょう。
会社側から退職の提案があったら
先ほど、合意解約は「労働者と会社が合意して労働契約を終了すること」だと説明しました。
労働者側からの合意解約の申込みについてはすでに述べたとおりですが、逆に、会社側から合意解約の申込みをして、労働者がそれに合意するという退職のしかたもあります。
これを、労働者側からの申込みと区別して「退職勧奨」と呼びます。
俗に「肩たたき」などとも言われますね。
使用者側からの合意解約の申込みは、単に「申込み」に過ぎませんから、労働者が承諾しないかぎり効力は発生しません(具体的には、使用者の求めに応じて退職届(願)を提出する場合が多いようです)。
しかし、会社からの圧力というのは相当のものですので、労働者はそのプレッシャーに負けて合意してしまうのがほとんどでしょう。
これは、事実上の解雇(クビ)みたいなものだといえます。
そのため、退職勧奨による合意解約は、雇用保険上は解雇扱いとして「会社都合退職」になり、自己都合退職の場合と違って3か月待たなくても基本手当が支給されるという違いがあります。
そのため、合意退職のなかで退職勧奨を特に区別する必要があるのです。
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平賀 律男(パラリーガル)

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