視力が悪い人にとって、無くてはならないコンタクトレンズ。
しかし、コンタクトレンズを適切に使用しなかった場合、眼に負担がかかり、最悪の場合には視力低下などの後遺障害が残ることもあります。
コンタクトレンズの使用により視力低下等の後遺障害が残った場合、医師や販売会社の責任を問うことはできるのでしょうか?
今回は、実際にあったAさんの事例(大阪地裁、平成14年7月10日判決)を御紹介します。
コンタクトレンズにより角膜混濁になってしまったAさんの事例
Aさんはある日、新聞の折り込み広告で見かけたコンタクトレンズを購入するため、販売店を訪れました。
販売店の指示により、Aさんは販売店に隣接して業務提携している眼科診療所で視力検査等を受けたうえで、コンタクトレンズ12枚セット2組24枚と洗浄液等の付属品を購入しました。
Aさんが購入したコンタクトレンズは、1年で12枚自由にニューレンズにリフレッシュできるとされているもので、診察の際に医師からは、「1ヶ月くらいしたら新しいレンズに交換するように」との説明を受けていました。
Aさんはその日に3組6枚のコンタクトレンズを受け取り、残りのレンズは期間内の任意の時期に受け取ることになっていました。
2か月後、Aさんは同じ眼科で定期健診を受けたところ、両眼とも矯正視力が低下していることが分かりました。
これを受けてAさんは、前よりも度を強めたコンタクトレンズを受け取りました。
その後、Aさんはコンタクトレンズを装用しましたが、左眼に違和感や両眼に痛みを感じ、左眼の黒目の上に透明の水疱のようなものができたため、新しいレンズに交換しました。
新しいレンズに交換してもなお左眼が乾燥して痛み、充血もしてきたので、Aさんは眼科で診察を受けることにしました。
診察では両眼とも異常が確認されましたが、医師は点眼薬を処方しただけで、購入時にサービスで付けられた1日使い捨てのコンタクトレンズを使用するように指示しました。
その後、再度眼科で診察を受けたAさん。
コンタクトレンズを装用すると痛みを感じたので、眼鏡を購入して使用することにしました。
しかし、左眼は眼鏡の度数を上げてもぼやける状態でした。
不審に思ったAさんは、別の眼科医の診察を受けたところ、左眼に改善の見込みのない角膜混濁(かくまくこんだく)が認められ、症状固定(症状がそれ以上良くなる見込みがないこと)との診断を受けました。
そこでAさんは、左眼の角膜混濁や矯正視力低下は販売店の従業員や医師の不適切な説明や診療によるものだとして、コンタクトレンズ販売会社と医師に対して不法行為に基づく802万1517円(コンタクトレンズ購入代金3万0195円+後遺傷害慰謝料139万円+逸失利益587万2322円+弁護士費用72万9000円)の損害賠償を求めて裁判を起こしました。
裁判結果
裁判所は、コンタクトレンズ販売会社と医師について、コンタクトレンズを販売、処方する際の告知・説明義務違反を認ました。
さらに、医師についてはコンタクトレンズの装用による眼の痛みに対する治療に過失があったことを認め、425万7746円(コンタクトレンズ購入代金3万0195円+後遺傷害慰謝料120万円+逸失利益252万7551円+弁護士費用50万円)の不法行為による損害賠償責任を認めました。
コンタクトレンズが視力低下につながるリスク
裁判結果の解説の前に、コンタクトレンズのリスクについて説明します。
今回の事例では、コンタクトレンズの装用によって角膜混濁や矯正視力低下が起こってしまいました。
それは、いったいなぜなのでしょうか。
コンタクトレンズは眼に直接装用するものであるため、角膜を損傷してしまう危険性があります。
また、長時間使用するとドライアイになりやすく、角膜潰瘍(かくまくかいよう)やアレルギー性結膜炎など様々なトラブルの原因となります。
さらに、ソフトコンタクトレンズは一般的に含水性であり、タンパク質等の汚れが付着しやすく、使用するにつれて性能が低下しやすいという欠点もあります。
このことから、ソフトコンタクトレンズは眼への損傷の危険性が大きく、角膜の混濁や潰瘍、視力低下などの重大な結果を招くおそれがあると言われています。
このように、眼に直接装用するコンタクトレンズには、一定程度のリスクが存在するのです。
一方で、眼鏡は眼に直接装用するものではないため、眼鏡の使用によって角膜に傷がつくことはありません。
コンタクトレンズは便利なものですが、万が一のときのために、眼鏡も用意しておくのがよいでしょう。
コンタクトレンズの使用により眼に異常を感じた場合は、すぐに使用を中止し、眼鏡に切り替えたうえで医師の診断を受けることが必要です。
裁判結果の解説
それでは、今回の裁判結果について、以下で解説していきます。
不法行為責任とは
Aさんの裁判で認められた不法行為責任とは、いったい何なのでしょうか。
不法行為責任については、民法で以下のように定められています。
民法
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。第710条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
すなわち、故意または過失によって他人の身体や財産などを侵害して損害を与える行為を不法行為といい、不法行為を行った者は、その被害者に対して不法行為責任を負うことになります。
そして、不法行為責任を負う者は、被害者に対して原則として金銭によって損害を賠償することが定められているのです。
コンタクトレンズ販売会社の責任について
先述のとおり、コンタクトレンズには角膜損傷等の危険性があります。
したがって、コンタクトレンズの販売会社には、コンタクトレンズの装用方法や装用時間、タンパク質除去の方法や頻度、装用により引き起こされる症状や障害の危険性、対処の方法などを告知・説明する義務があるとされています。
また、コンタクトレンズの使用により眼に異常を感じた場合には直ちに使用を中止し、医師の診断を受けるように説明する義務も有しています。
今回の事例でAさんが購入したコンタクトレンズは長期間用のもので、1週間に1回程度タンパク質除去の必要があり、これを怠ると角膜等に損傷を生じさせるおそれがありました。
しかし、販売店の従業員はAさんに対し、タンパク質除去の必要はない旨、誤った告知をしてしまったのです。
また、コンタクトレンズの使用により眼に異常が出た際には直ちに使用を中止し、医師の診断を受けるべきだという説明もしていませんでした。
このことから、コンタクトレンズ販売会社はタンパク質除去の必要性等について告知・説明すべき注意義務に違反したとされ、この過失によりAさんに損害を与えたことから、不法行為責任が認められたのです。
医師の責任について
医師についても、コンタクトレンズ販売会社と同様に、コンタクトレンズの使用法等について説明する義務や、眼に異常が出た場合に受診するよう指示をする義務があります。
今回の事例では、医師はコンタクトレンズのタンパク質除去の必要性について説明しておらず、眼に異常を感じたら受診するように指示したとも認められませんでした。
このことから、医師は上記の義務に違反したとされました。
また、Aさんの診察において角膜混濁が認められたにも関わらず、医師はAさんにコンタクトレンズの使用を中止させず、使い捨てのコンタクトレンズを処方しました。
このことから、医師はAさんに対して適切な治療をなすべき義務についても違反したとされました。
これらの過失によりAさんに損害を与えたことから、医師についても不法行為責任が認められたのです。
まずは弁護士に相談を
医療訴訟の場合、医師の過失を患者側で証明する必要がありますが、医療は非常に高度で専門的な分野であり、専門知識のない人が医師の過失を証明するのは非常に困難です。
また、実際には医療訴訟を提起する前に患者と医療機関の間で話し合いを行うことで示談となるケースも多いですが、この場合でも患者が一人で話し合いに応じることは難しいでしょう。
弁護士の中には、医療分野の専門知識を豊富に有する弁護士も存在します。
医療事故に遭ってしまった場合などは、このような弁護士に相談し、示談交渉や訴訟についてアドバイスをしてもらうようにしましょう。
まとめ
視力が悪い人にとって、コンタクトレンズは生活必需品です。
使用方法を守って適切に使用すればリスクを抑えて効果を得ることができますが、適切に使用しなかった場合には角膜損傷等により後遺障害が残ってしまうおそれもあります。
販売店や医師の不適切な説明や誤った治療によりコンタクトレンズを正しく使用できず、障害が残ってしまった場合には、慰謝料を請求できることもあります。
泣き寝入りをせず、きちんと弁護士に相談するようにしましょう。